3話 魔法
七歳 冬。身長は全然伸びないけれど、圧縮スキルのレベルアップまであと三分の一のところまで来た。
まだ先は遠いけれど、コツコツやっていこう。
「さっむい」
昨日から雪が降っていて、ユーシャ村も真っ白だ。
寒さに追い立てられるように日課を終えた私は、駆け足でヘレンミおばあちゃんの家を訪ねる。
腰が曲がってて、白髪で、ニコニコしてて、本をたくさん持っているおばあちゃんだ。
「おやおやおやおや。クッパちゃんいらっしゃあい」
「こんにちは。あとクスリね」
家の中心には紫のドロドロが並々入った大きな鍋が置いてあって、おばあちゃんはいっつもそれをかき混ぜている。
正直この世の地獄みたいな匂いがするけれど、冬はここが一番暖かいんだよね。
「味見しにきたのかい?」
鍋で何を作っているのかは知らないけれど、ゴブリンが入っていることだけは知っている。
「ううん。違うよ。今日は本を読んでもらいにきたんだよ」
「そうかいそうかい。おいでぇ」
おばあちゃんは本棚から古びた魔法本を取って安楽椅子に腰かけたから、私はいつもの特等席――おばあちゃんの膝に座る。
「今日は魔法のお勉強をしようねぇ」
「はーい」
ヘレンミおばあちゃんは私の文字と魔法の先生なんだ。
とは言ってもしっかりボケちゃってるから、何十回も「魔法とは」という基礎の基礎を話したかと思えば、急に不老不死を魔法で実現する可能性について語ったりする。
だからいつも魔法の本を読み聞かせてもらうようにお願いしているんだ。文字の読みを覚えられるし、一石二鳥だよね。
「デス・ヘルフレア・エクスプロージョンとは……えー。これなんて読むんだったかね……あぁ! 初級魔法だ。陰属性の初級魔法です。死の因子を爆発的に拡散することで、周囲一帯のありとあらゆる生物を死に至らしめた後、内側から爆散させて死の雨を降らせます。禁術に設定されており、当該魔法を使用した者は発見次第処刑されます――だってぇ。危ないから使っちゃダメだよぉ?」
ぜったい初級魔法じゃないよね?
魔法は陰と陽の二つの属性に大別されるらしく、闇や毒は陰、炎や光、風、水や土は陽にカテゴライズされているんだって。偏りがすごい。
人によってどちらかの属性に適正があって、私は炎の魔法「ファイア」を使えるからたぶん陽の適正があるんだと思う。キラキラ爆イケの陽キャだしね。
あっ。ちなみにこの世界の炎は真っ黒なんだぁ。びっくりだよね。
「ネクロマンス・ボムとは………陰属性の初級?魔法です。死体を猛毒をばら撒く自律爆弾に変えます。禁術に設定されており、当該魔法を使用した者は発見次第処刑されます――だってぇ。こわいねぇ?」
ホントに怖いね? この本読むのやめよう。
「おばあちゃん。何か魔法教えて?」
「うんいいよぉ。じゃあモッピーちゃんはちいちゃいから、簡単な魔法にしようかねぇ」
おっ、いつもは魔物と人の脳を入れ替える手術とか魔王の封印の仕方が返ってくるんだけど、今日は調子が良さそうだぞ?
ファイアを教えてもらった時もたしかこんな感じだったんだ。
期待に胸を膨らませながらおばあちゃんと一緒に川辺に来た。川辺ってことはたぶん水系の魔法だよね。
にしても寒いなぁ。
「はて……何しにきたんじゃっけ?」
「簡単な魔法を教えてくれるって言ってたよ?」
「そじゃったそじゃった。じゃあボドリムちゃんはちいちゃいし、初級の……あれにしようかねぇ」
おばあちゃんはそう言うと、水面に向かって手をかざす。すっごい手が震えてるけど、春も夏もこんな感じ。
すると、眩い光を放つ水の柱が立ち昇り、その中から女の人が現れた。
『久しゅうありんすなぁヘレンミ嬢よ。この水の大精霊アクエリアスを呼び出すのは一体幾年ぶりでありんしょうなぁ?』
不敵な笑みを浮かべる青髪の美女。
竜宮城から来ました、みたいな恰好をしていて、水柱に腰かけて煙管を吹かしている。
花魁言葉だし、なんと耳が尖っている! ぜったい強キャラだ。
本当に初級魔法なんだろうか?
「こんにちはぁ」
『あ、えっ……こんにちは?』
ニッコニコのヘレンミおばあちゃんに挨拶され、アクエリちゃんは困惑してるみたい。
『え、わっちを呼んだ理由は……?』
「???」
おばあちゃんはこの人誰だろう?って顔してて、アクエリちゃんは困り果ててこっちに助けを求めるような眼差し。気まずいなぁ。
こんな魔法、七歳児じゃ絶対習得できないし、寒くて嫌になってきちゃった。もう帰ってもらおうかな。
「アクエリちゃんごめんね。おばあちゃん、用事を忘れちゃったみたいだから帰っちゃって大丈夫だと思うよ」
『誰がアクエリちゃんじゃこの小娘! ……まぁよい。それじゃあ早う魔法を解除しなんし。解除せんといつまで経っても帰れん』
「だってさおばあちゃん。魔法解除してってアクエリちゃんが言ってるよ?」
「かい、じょ……?」
おばあちゃんはにっこりと微笑んだまま小首を傾げていた。
あー。これダメな時のやつだ。おばあちゃん全部忘れちゃってる。
『全くわっちを召喚せんなとは考えておりんしたが、痴呆にでもなっちまったのかえ……!? そんな、まさか……』
アクエリちゃん帰れなくなっちゃってさっきまでの威厳もどこかへ行っちゃった。どうするんだろう?
『そこの目の死んだ娘、なんとかしなんし!』
煙管の先をこっちに向けて睨んできた。怖い。
「そう言われても……っていうかえっ? 私、目ぇ死んでるの?」
ちょっとショックだ。頑張って生きているのに。
そういえば前世の時からやる気が無いとか勘違いされがちで、損をすることが多かった。
「はぁ……金髪キラキラ美少女に生まれ変わったはずなのに……。おばあちゃん、今日はもう帰ろ」
『待ちなんし!』
「うわぁ」
踵を返した私達の前に水の壁が現れた。
すごい。THE・魔法って感じだ。
拍手しておこう。
『拍手など欲しくありんせん! 早うこっちにき!』
かなり怒ってるみたいだから近づきたくないけど、寒いから早く帰って欲しいし……。
おそるおそる近くに寄ると、
『ほれ。手をわっちに向けてかざせ』
「はい」
『ではこれからわっちが言う言葉を復唱しなんし――其方を我が魔導の一族と定める』
アクエリちゃんが何かブツブツ言い始めた。かわいそう。仕方ないから付き合ってあげようかな。
「ソナタを我が儘道の一族と定める?」
『――以後、召喚の命に応じ、その力を我が為に振るわんと誓え』
「囲碁将、漢のメーニ王子? その力をママタレにふるわん土地買え?」
メーニ王子って誰だ? 不動産屋か?
『――さすれば其方の魂に刻まれし
「さすればソナタの魂にピザ稀室美は赤羽へ? 自由都市ンメーを取り戻すことができよう?」
ピザ稀室美って誰だ? 都民か?
意味不明なうえに早口で難しい。こちとら七歳児で口回んないのに。
でも何とか正確に復唱し終えた。
「ふぅ……」
ひと段落して気を抜いていたら、何かが頭の中に入ってくるような変な感覚がして、アクエリちゃんはすごく嬉しそうに紫煙をくゆらせていた。
『以上でありんす。この大精霊アクエリアスは娘っ子のモノになりんしたぁ。毎日一回は必ず呼びなんし?』
何を言わされているのかと思ったら、雇用主をおばあちゃんから私に変えたってことみたい。
よくわかんないけど、たぶん得した。
「やったぜー」
「もっと喜びなんし!」
喜んでるのに。アクエリちゃんは人の感情を読み取るのが苦手なんだね。
「呼ぶ時ってどうしたらいいの?」
『わっちの顔を思い浮かべ、魔力を消費するだけでようござりんす。気軽に、頻繁に、いつでもどこでも呼んでおくんなし?』
優しいっぽい。毎日の圧縮とか、話し相手が欲しかったから丁度いいかも。ボケてないだけで百点満点だよ。
「わかったー。ちなみにアクエリちゃんを呼ぶ魔法は初級?」
『初級!?』
アクエリちゃんはすごいびっくりしたみたいで大きい声を出したけど、少し間を置いてからニコリと笑う。
『そうでありんすねぇ? 紛れもなく――初級。水の初級魔法とでも思っておくんなまし? 毎日の飲み水や、些細な手洗い。なんだってわっちがやりんすよ?一日何十回でもねぇ?』
なんか含みのある言い方だけど、そんな簡単なことに使えるってコトは強キャラじゃないのか……はぁ。
なんか見てるだけで寒いし、もう帰ってもらおう。
「分かった。じゃあねアクエリちゃん。夏になったら呼ぶね」
『えっ、いま夏って言った!? 毎日でも……!ちょっと!?』
帰れ、って頭の中で思い浮かべると、アクエリちゃんはすごい文句を言いながら水の中に沈んでいった。
「私達も帰ろっか?」
「そうだねぇ。温かいお茶をいれようねぇ」
「うん。……そのお茶って何色?」
「黒紫」
「……やめとこうかな」
一応新しい魔法は手に入れたけど、魔力を圧縮以外に割いてはいられないんだった。
だって私の目下の目標は圧縮スキルのレベルアップなのだから。
アクエリちゃんに次会うのはいつになるだろう?
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