2話 緑のちいブサ
最近は村から少し森を歩いたところにある川辺で大きめの石を圧縮しているよ。
なんとなく大きい石のほうが経験値の伸びがいいような気がして、程よいサイズ感の石が多い場所を探した結果川辺に辿り着いたの。
石に手をかざして「圧縮!」って言うと、石の色をしたビー玉みたいになる。ホントは口に出さなくてもいいけれど、言ったほうが気分が上がるんだ。
どれだけ重たい石を圧縮しても、ビー玉にすれば見た目相応に軽くなるから、これを展開できるようになれば荷運び無双なんだけどなぁ。まぁ、それは今後の楽しみということで。
一日に圧縮できる数はマチマチだけどだいたい十~二十ってところ。スキルを獲得したての頃はせいぜい十が限界だったから、たぶん魔力量が関係しているのかな?
スキルについてもっと詳しく知りたいんだけど、いかんせん皆ボケちゃってるからわっかんないんだよね。
ビー玉はそのまま放っておくと森の動物が食べちゃうかもしれないから、石が好きなグクンドおじいちゃんにあげている。たくさん集まったビー玉を眺めながら酒を飲むのが良いんだ、ってこの間おっぱいみたいな形をした石を見ながら言っていた。喜んでもらえてなによりだね。
ちなみにこの六年間、サプライズ的なイベントの類はなーんにも起こっていない。
何回か村に数匹のゴブリンが出たことがあったけれど、まあそれはこの世界じゃよくあることなのか、じいちゃんばあちゃん達が農具でタコ殴りにしていた。
ゴブリンというのは緑色の人型の……小さくてブサイクなヤツ、って言ったらいいのかな? ゲームなんかでよく見るザコモンスターだ。
ジジババに負けるくらいだからこの世界でも弱いのは間違いなさそうだけど、正直近づきたくもない。
あんなのと至近距離で戦わなきゃいけない剣士にだけはなるまいと心に誓ったよ。
……あ。一つ衝撃的なことがあった。
ウチの村のじいちゃんばあちゃんなんだけどね?
……食うのよ。ゴブリン。
めちゃくちゃヤバいよね? だって人型よ? しかも人食いのバケモン。ゲテモノ食いが過ぎるのよ。野食ハンターでもさすがにごめんなさいするよ。
まあ流石に普段から常食している、ってわけじゃないけれど、ゴブリンを狩った時は広場に集まって宴会をやるんだ。ゴブリン料理をつまみながらね。
私は絶対に口をつけないけど、やっぱり味は気になるじゃん? だからおばあちゃんに「どんな味?」って聞いてみたんだけど、「身体にいい」とだけ。
んなワケないでしょうよ?
臭い汚い気持ち悪いの三拍子でおなじみ緑のちいブサに一体何の栄養があるっていうの?
あれかな?緑だからケール、ゴーヤ、ほうれん草の仲間とかって思ってんのかな? グリーンスムージーにでもすんのかしら?
「一日分のビタミンCってか。はっはっは。……はぁ」
多少の価値観の違いに困惑しつつも、穏やかな日々を過ごす今日この頃である。
デイリークエストさながらに本日の圧縮を流れ作業で終え、昼前に村に戻る。
すると、広場に荷馬車が止まっていた。
農具や酒、小麦なんかが満載で、今にも崩れそうで崩れない絶妙なバランスを保つ。
山のように積まれた荷物の裏に回ると、
「やぁクスリちゃん……」
栗毛のイケオジ――行商人のタッカーさんが三角座りしていた。
いつも商売を失敗していそうな空気を漂わせているが、一方で身なりは整っていて、暮らしには困っていなさそうな不思議な人だ。実はどこかのお貴族だったりとか……ないか。
村で生産できない物を色々と持ってきてくれるからユーシャ村にとっては救世主的な存在で、私が転生して以来唯一のボケちゃってない話し相手でもある。
この世界の金勘定とか色んなことを教えてくれたし、信用のおけるおっちゃんだ。
「今日も落ち込んでるね」
「そうなんだよぉ……!? 聞いてくれるかい!? くれるよねぇ!?」
話しかけたらすごい勢いで立ち上がってきた。
「びっくりしたぁ」
「びっくりしているようには見えないけどね!?」
え、こんなに心臓バクバクなのに。
さてはタッカーさん、人の表情を読むのが苦手だな?
「まだまだだね」
「何がだい!?」
それでどうしたの、と尋ねると、
「こないだキミからたくさん灰色の玉を買っただろう?」
タッカーさんが今にも泣きそうな顔をして話し始めた。
そういえば小遣い稼ぎをしようと何も知らない奴のフリをして一日分のビー玉を買わせたんだった。
代価は銅貨二枚。合わせて日本円で千円くらいかな?
「うん。あのよく分からない珍しそうな、それでいて気品に満ち溢れた
「そうそう!……ん? まぁ……そう! あれを宝石好きの貴族が気に入ってくれてさぁ!?金貨二枚で買い取るって言ったんだよ!」
金貨は日本円でいうと一枚あたり十万円くらいみたいだから、一日二十万!? 本当ならとてつもなくおいしい話だけど。
「へー、良かったじゃん」
「でもよかったのはそこまでさ! 商談に『鑑定』持ちの宝石商が同席してて、『ただの丸めた石です』ってぇ……!おろろおおおん!!」
鑑定、というのはきっと「見ただけで本質が分かる」とか「あなたの戦闘力は五十三万とんで二百です」とか、そういう類のスキルのことだろう。
そのスキル持ちがいる限り、私の圧縮石ビー玉は金儲けには使えなさそうだ。残念。
「そうだったんだ。惜しかったね。でもさ?丸めた石が凄い欲しい人もいるかもしれないし、今日も一応買っていく?」
「え゙っ……こないだの分も捌けてないのに……!?」
「ほら見てこれ、今日拾った赤いヤツもあるよ?」
川辺にあったただの赤い石を圧縮したモノを見せると、しょぼくれていたタッカーさんの眼の色が変わる。
「こっ、これは……!」
色違いとかあると、ちょっとワクワクするしね。気持ちは分かるよ。
「買った! 全部合わせて銅貨二枚でどう!?」
商魂を目に滾らせてる。原価ゼロだから別にいくらでもいいんだけれど、貰えるものは多い方がいい。
「赤いヤツはもしかたらすごい高いかもしれないし……」
そこで必殺――指もじもじ上目遣い。目をキュルンとさせるのがコツで、世のおじさんはみんなイチコロなのさ。
「くっ……」
ほぉら。タッカーさんは今にも「キミの瞳にズッキュンさ!」とか言い出しそうな顔をしてる。勝ったね。
「まるで僕の家族を人質にとっているかのような邪悪な眼差しッ! さすがクスリちゃんだッ!」
「えっ」
「ええいこの悪徳商人見習いめっ! 分かった! じゃあ銅貨三枚だっ!」
「……ま、毎度あり~」
邪悪……? え?
ちょっと気になることはあるけれど、お小遣いゲット。
使い道は一つしかないよね。
「じゃあこれで買えるだけアレちょうだい」
「アレ……あぁアレね! はいど~うぞ」
「あんがと」
一リットルくらい入る瓶に入った干しイチゴ!砂糖水で煮込んでから乾燥させてるんだってさ!
「はえーすっごい」
甘くて美味いし、日持ちするからおやつに最適なんだよね。
私が異世界に来てから一番のお気に入り。
今日は大漁だ。
おばあちゃんも好きだから早く持って帰ろう。
タッカーさんとバイバイして家に帰ると、おばあちゃんが畑でマンドラゴラに水をあげているところだった。
もうすぐ収穫の時期らしく、マンドラゴラ達は、ウワー! とかキタコレ!とか タマラン!とか口々に言っている。なんでこんなバケモンの分類が野菜なんだ。
「グリエル、ジョンソン、ロペス。お水はおいしいかい?」
マンドラゴラに名前をつけているのか、ボケちゃってるのか真相は不明。
「おばあちゃん、干しイチゴ貰ってきたから一緒に食べよ」
「おやぁガルニチュール。おかえりぃ」
「ただいま。あとクスリね」
畑仕事を手伝って、一緒におやつを食べて。
今日も今日とて、穏やかな日々である。
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