第23話 終焉

 自宅に帰り着いたフィラは一人暗い部屋でいろんな考えを巡らせる。
 出来れば信じたい。

 信じていたかった。

 信じて崇めることが彼の人生の殆どだった。

 しかし神は救うどころか、大切な友に悪魔の手を伸ばしている。

 最早信じられるものなど何も無かった。


 本当は今すぐ此処を出ていきたいが、こんな隔離された空間からは逃げることもできない。


 やはり時の街は我々神子を利用しておかしな研究を行うことが目的だったに違いない。

 きっとヴィードだって今頃牢を出て、何食わぬ顔で生きているはずだ。

 
セオに会いたい。壁に掛かる時計を五分おきに見てしまう。


 
「ただいまー」


 
いつもと変わらない間延びした挨拶が聞こえる。

 セオはいつも通りに帰ってきた。

 本当は嬉しくて飛びつきたい気分だったが、セオが驚くだろうからぐっと我慢した。


 
「どうした? フィラ。部屋こんなに暗くして」


 
 セオが不思議そうに明かりをつける。


 
「セオ……今日ってどんな仕事しました?」

 
「あ、俺の武勇伝聞きたい感じ?」


 セオは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうにはしゃいだ。

 彼が異動してから、フィラは悔しさのあまりその仕事内容など全く聞いていなかったからだ。


 
「今日はなー、確定世界に行ってきたぞ! いろんな国を巡って、何処が好きかとか色々聞かれた!」

 
「あなたが……時空転移したんですか?」

 
……人工神力。


 あの不気味なワードがフィラの頭を掠めた。

 
「いや、ユリナ様がついてきて全部やってくれたぞ」

 

 「ユリナ様が……?」


 
確かユリナは立場が複雑とか何とかで表の仕事には顔を出さない。


 そもそも神族居住区から出てくることは殆ど無く、街でユリナを知っている人も殆ど居なかった。

 そんな彼女が何故元神子という一般人の為に動いているのだろう。

 
何か一つを疑い出すと、全てが信じられなくなる。

 疑念が疑念を呼び、フィラは完全に疑心暗鬼になっていた。


 
「って言うか感想それだけかよ! もっと俺の武勇伝を褒め称えろよ~」


 セオはダイニングチェアに反対向きに座り、物足りなそうにフィラを見る。


 
「だって貴方、その話だと何もしてないじゃないですか」


 
フィラが鋭く指摘すると、セオは面白くなさそうにぶすくれた。


 
「あ、そうそう」


 
セオは椅子から降り、思い出したように鞄の中をガサガサと弄り始めた。


 
「明日、講堂で集会があるらしくて」


 セオが取り出した一枚の紙切れには、明日の集会に関しての情報が書いてあった。


 
『明日確定時間十時より、集会をとり行います。つきましては下記に記す物をご持参の上、お集まりください』


 これは月に一回の集会だ。

 怪しい物ではない。

 ただ、何故か急だった。


 
「いつも月末にあるのになんか急だよな」


 
セオですら不思議に思っている。

 しかし、だからと言って逃げ出すことも出来ない。


 
「分かりました。準備をしておきますから、貴方は食事して寝なさい」


 
フィラがそう言うと、セオが不思議そうに彼の顔を覗き込んだ。


 
「今日のフィラ、なんか優しみに溢れてね? 何がいいことあった?」


 「私はいつも優しいです!」


 
フィラが慌ててそう言うと、セオははいはいと二つ返事で風呂場へと向かった。

 セオが風呂に入っている間にフィラは明日の支度を始める。

 もしも、何かあった時のために……最悪セオだけでも守れるように。


 彼はそっとバッグにナイフを忍ばせた。



 




 翌日、講堂では集会がとり行われていた。


 集会と言うよりも例会で、各種仕事の今月の進捗、来月の街全体のスケジュール、申し伝え事項など報告会だ。

 街の人全てが収容可能の巨大な講堂の正面ステージの上で、魔力で作られた投影機のような物を使い今月の進捗をリームが丁寧に説明している。

 その後彼は前述した通りの説明や報告を行い、問題なく集会は終了した。


 
(……考えすぎだったかな)


 
必ず連中は何か仕掛けてくると思い込んでいたフィラは少し拍子抜けした。


 
「それではこれで集会を終わりますが、お渡ししたいものがありますので隣の部屋にご移動宜しいでしょうか?」


 
いつもはこんなイベント無いが……?

 訝しみながらもフィラはセオの手を取り隣の部屋へと移動する。

 しかし途中で通路が二手に分かれており、そこにいたメイドがこの先は狭いから二手に分かれろと無理やり二人を引き剥がした。


 
「俺はこっちか。じゃあまた後でな、フィラ」


 
セオは笑顔で手を振ると、前の人について行き見えなくなった。

何を疑う余地もない清々しい笑顔。
 何でだろう、フィラはこの時「後で」は二度とこない気がした。


 
フィラが並んだ列は混雑していたが、しばらくすると進み始めた。

 ようやく部屋に入れると最初の一歩を踏んだ瞬間、フィラの全身に悪寒が走った。
 この感覚……カルディア教会の扉の術式を仕掛けたあの雰囲気と同じだ。


 間違いない。

 目には見えないが、この部屋の床には術式が仕掛けてある。


 
「リーム様、この床の術式は何ですか?」


 
フィラは部屋の一番奥に立つリームに強く問うが、彼は俯いたまま答えない。

 周りを見渡すと、セオ達「人工神力保有者」の姿はなかった。


 
「やっぱり時の街はヴィードと結託していたのですね……!」


 
リームは何も答えない。


 声を荒げるフィラを、周囲の人たちが不思議そうに見つめる。

 それもそうだろう。

 何も知らなければこんなことを宣う輩は乱心したとしか思わない。


 
しかし、ここで行動を起こさなければ何らかの術式を発動されて取り返しのつかないことになる。

 本能的にそう感じたフィラは忍ばせたナイフを手にとり叫びながらリームに襲い掛かろうとした。

 
その瞬間、上からヒトが降ってきてフィラを取り押さえた。


 
「フィラくん! やめるっす!」


 
メシィはそのか細い腕でフィラをしっかり取り押さえ、手に持つナイフを奪い取った。

 彼女はこう見えてもヒグマを素手で倒せるくらいの高い身体能力を備えている。


 
「フィラくんの気持ちは分かるっす! リーム様もなんとかできないか色々考えたっす! でも、これが時の街の判断なんっす……!」


 
彼女はその瞳からポロポロと大粒の涙を溢した。


 何を、言っているのだろう。


 次の瞬間、突然床が青白く輝き術式が発動を始めた。

 メシィは悲愴な顔で術式の発動を見つめるフィラをぎゅっと抱きしめる。


 
「フィラくんならきっと立ち直れるっす! 私がフィラくんを絶対しあわせにしてみせるっす! だから……」




「天界術式「忘却の術式」」




 物凄い光と風が周囲を包む。


 爆風に煽られ、立ち続けることができなくなった彼らは次々とその場に倒れ込んだ。

 意識が深淵へと落ちる瞬間、聞こえたのは





「ごめんなさい」


 

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