偽りの少女に安らぎを

リングパール

1章 偽りの少女に安らぎを

第1話 退屈な王女

「――タルトールか。特出した特長も無い凡国の分際で生意気ですね。不可侵条約を結ばないのなら滅ぼして差し上げましょう?」

 

男は楽しそうに歪んだ笑みを浮かべる。

その言葉は、私の頭を真っ白にさせるには十分すぎた。

 

ふざけないで。あんたなんかに何が分かるのよ。

怒りに身を任せた私は、考えるより先に飛び出していた。

 

「メイ!」

「メイさん!」

 

 私を取り押さえる仲間達にハッとしたが、もう遅い。

 私たちを隠していた青白い光が収縮して拡散する。

 守りの陣は、簡単に消え去った。

 

 最悪だ。

 私のせいで。

 目の前に立つ二人の男は、ゆっくりとこちらを見つめた。




 

 

 

「あーあ、暇だわぁ」

 

 エルフの住まう南半球に存在する平凡な国、タルトール。

 そんな小国の王女メイは城の冷たいタイルに寝転がり手持ち無沙汰に桃色のハーフツインを指でくるくると回していた。

 祖父がかつて「大魔王」として亜人たちを震え上がらせていたという歴史も、今となっては遠い昔話。

 すっかり好々爺になり果てた祖父が治めるこの国は、退屈なくらいに平和な国だ。

 

「何か面白いことでも起きないかしら」

 

窓の外に広がる青空を眺めながら、姫君らしからぬため息を一つこぼした。

 

「いいじゃないか。今のうちに平和を噛み締めとけ」

「平和は結構よ。ただ暇が嫌いなだけ。お分かり?バブ」


 窓から差し込む眩い光に目を細めながら、メイの大叔父であるバブが彼女の横に座り込んだ。

 肩にかかる美しい新緑の髪が光に透けて、年齢不詳の色気を漂わせている。

 悔しいことに、この男は大層モテる。この国の女性人気を甥孫のトートと二分しているくらいだ。

 本来は二百歳くらいになるが、ワケあって最近まで年をとっていなかったのでその年恰好はメイと対して変わらなかった。


 「俺はこのまま何も起きず、静かに暮らす方に一票だな」

 「つまんない男ね」

 

 メイは不満げに言うと、暇を象徴するような晴れ晴れとした景色をカーテンで一掃した。

 

「お前本当に国の姫とは思えない女だな」

 

 バブがふふっと笑いながらメイをちらりとみる。

 

「は?今更何よ、うっさいわね」

 

 彼女はバブの含んだ笑みを見ながら目を細めた。

 メイの家庭は複雑で、彼女は幼少期を平民の家で過ごしている。

 ここに戻ってきたのも最近で、その仕草態度は平民のそれと大差なかった。


 コンコン。

 背後からノックの音が響く。


「どうぞ」

 

 静かにドアが開き、メイドが深々とお辞儀をした。


「失礼いたします。メイ様、レイバー陛下がお呼びです。応接間までお越しくださいませ。バブ様もご一緒に」

 

 用件を伝え終えたメイドは再び礼をして下がった。

 

「何かしら……」

 

 メイは不思議そうな顔でバブを見つめる。

 

「よかったな、メイ。暇じゃなくなるぞ、多分」

 

バブは力なくそういうと、深いため息をついた。




 

 応接の間には、長い顎鬚をしっかり蓄えた白髪の老人が、若い側近を両隣に連れて既に待機していた。

 老人は年甲斐も無く真っ赤なマントに同じ色のローブを纏っており、その裾には金の刺繍が施してある。

 しっかりと肉の付いた身体をどっしりと応接椅子に沈め、メイを今か今かと待ち構えていた。

 すると正面の仰々しいドアが開き、メイがひょこっと顔を見せ入ってきた。その後をバブが面倒くさそうに続く。

 

「おお、メイ。待っておったぞ!」

 

 レイバーは自ら呼んでおきながら、愛する孫娘の登場に満面の笑みを浮かべた。

 メイはそんな彼をツンとした目で見ながら両手を胸の前で組む。

 

「で、何の用かしら?」

「実は北西の大国カルディアから使者が来てな。是非とも相談したいことがあるので来て欲しいとのことだ。そこで、我が国の代表としてメイに行って欲しいのだが」

「はぁ?!」

 

 あまりにも唐突過ぎるレイバーの「お願い」に、メイはおもわず全力で叫んだ。

 

「使者寄越す暇があるなら向こうが来ればいいじゃない。何で私が行かなきゃいけないのよ」

「相手は大国じゃ。こちらが出向くのが礼儀というものよ」

 

 レイバーの正論に少したじろぐと、メイは小さく吐き捨てるように言う。

 

「……だったらおじいちゃんが行けばいいじゃない」

「残念ながら儂も他国への謁見が立て込んでおってな。――そこでメイ、お主があまりにも世間知ら……いや、何事も経験だ、経験!」 

「いきなりそんなこと言われても困るんだけど!」

 

 一方的に丸め込もうとするレイバーに、メイは理不尽な怒りを爆発させた。

 

「大丈夫だ、メイ。おぬしが危険な目に遭わぬようにレイリクールとダードクロスを付けよう」

 

 そう言うとレイバーは、自分の両隣にいる若い側近を突き出した。

 

「何言ってんのよ。レイリちゃん達はおじいちゃんの側近でしょ!」

 

 メイはため息をひとつつくと、呆れ顔でそう言った。

 

 レイバーの側近は約十人ほどおり、その中でもレイリクールとダードクロスは所謂彼の右腕左腕でありそ能力は頭一つ抜けている。

 

 レイリクールは薄いグリーンの髪にカーキ色の帽子を被り、同じくカーキのマントを羽織っている。

 鼻より上が包帯で覆い隠されており、表情が見えない。

 ダードクロスは獣族の亜人であり、その皮膚は固く鉄のような色をしている。

 筋骨隆々としたその腕には、重々しい斧が握られており、身体には鉄製の鎧が身に着けられている。

 

 メイは二人の側近を順番に見つめ、薄ら笑みを浮かべてレイバーに言った。

 

「おじいちゃんも素直じゃないわね……。私に付けるのはバブって決めてたんでしょう? そのために一緒に連れてこいって言ったんじゃないの?」

「う……」

 

 レイバーは孫娘の鋭い指摘に言葉を詰まられた。

 彼はその弟であるバブが苦手である。

 

 自分より頭が冴え、自分とは比べ物にならないくらいの魔力を秘め、自分より女性にもてる。

 彼は弟に劣等感を抱き続けてきた。

 

 そんなある日、タルトールの書庫でとんでもない術式を見つけてしまった。

 『ヒトを封印する術式』

 こんなに自分を苦しめるような弟ならいっそ封印してしまえばいいと、彼の中の悪魔がささやいた。

 

 こうしてバブは200年もの間、肉体と精神を封印させられることになる。

 止めに入った妹のミニカと共に。

 

 それから月日は流れ、そういった蟠りは大分修復されている。

 しかし弟が苦手であるという感情は根強く残っているのだ。

 

「まぁ、その、なんだ。バブ、メイを頼んだぞ」

 

 レイバーは顔を顰めて、拙い言葉でバブに言う。

 微妙なプライドがチクチクと彼を攻撃するが、愛する孫娘の命には代えられない。

 そんなレイバーの精一杯の台詞をバブは腕を組んで聞きながらボソリとつぶやく。

 

「……というか俺を側近扱いすんなよ」

 

 レイバーとは対照的にバブは彼のことを格下だと完全に見下している。

 ……というよりもバブは自分以外の他人を全て見下す癖があり、兄も例外ではない。

 むしろ兄と認識しているかすら怪しい。

 彼にとってこの世のヒトは自分か自分以外の二種類しか存在しない。

 

 そんな格下の兄に側近扱いされて不服そうだが、所詮レイバーの戯事と割り切ったのかそれ以上の反論はせずに先を促した。

 

「……で?その国に行ってハナシを聞いてくれば良いのか?」

「そうじゃ。向こうで何か頼まれても即答せずに『善処いたします』とだけ言って持ち帰ってくれ」

 

 バブがレイバーにそう確認すると、レイバーは不安そうに返した。孫には盲目な彼だが、メイの性格が単純明快で一触即発なことは重々理解している。

 

「はいはい分かったよ。じゃあ準備するからミドルカート用意しとけよ」

 

 バブはそう言うと、くるりと踵を返して部屋を後にした。

 

「ちょっと待ってよバブ!」

 

 メイは慌ててそれに続く。

 取り残されたレイバーはバブの背中を見つめては深いため息をつきボソボソと何かをつぶやいていた。

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