第2話 カルディア王国 

「やっと着いたわ……。すごい……ここがカルディア……」

 

 長旅の疲れも忘れ、メイは目の前の光景に圧倒されていた。

 道の両脇には活気ある店が並び、フード付きの白いローブを纏った神官らしき人々が忙しそうに行き交っている。

 

「南半球で二番目の大国ですからね。タルトールとは規模が違います」

 

 護衛のドライが、周囲を警戒しながら説明する。

 

「とは言えシルファディアには頭上がらないけどな。多分北半球にはもっとでかい人間達の都市もあるし」

 

 バブが腕を組んで呟くと、メイが純粋な疑問を投げつける。


 「北半球ってどんなところなの?」

 「俺が知るわけないだろ」

 

 バブは困惑した顔で返した。

 それもそうだ。

 人間とエルフはお互いの種の保存のために、顔を合わせないような仕組みになっている。

 人間は北半球に住み、エルフは南半球に住む。そして世界の中央にある組織「IGO」を境に結界が展開されていて、一般人には通行不可となっている。

 

 「メイ様、IGOを越えて北に渡ろうなんて絶対に思わないでくださいね」

 「行くわけないでしょ!本当世界の警察だか何だか知らないけど、民族を分断するなんて真っ黒な機関ね、IGOは」

 

 ドライが慌ててメイを嗜めるので、メイもムキになって返した。



 


「……で? 城へ行けばいいの?」

 

 街中の喧騒を掻き分けながら忙しなく歩くメイが、護衛のため一歩先を行くドライに尋ねた。

 

「ええ、そのように伺ってます」

 

 ドライは周りに注意しながらメイ達を城の方へと誘導する。

 暫く歩くと街の華やかな賑わいが遠のき、鬱蒼とした木々と城壁が巨大な影を落としていた。

 

「着きましたよ」

 

 そう言うとドライは城門の前で立ち往生するメイ達を残し、門番の元へと向かっていった。

 なにやら話がついたらしく、城門がギギギという鈍い音を立てながら開いていく。

 

「さ、行きましょうか」

 

 ドライは慣れたようにテキパキと二人を城の中に誘導した。

 城の内部は豪華絢爛という言葉がピッタリなほど煌びやかに装飾されており、柱一つにしても豪快に金箔が貼り付けられている。

 周りにはいかにも貴族という感じのドレスを纏った女性や正装の男性達が優雅に歩いていた。

 メイたちはそのまま正面の応接室に通され、城の重役を待つこととなった。

 

「しっかし凄いお城ね……」

 

 メイは応接室に飾られている装飾をマジマジと見つめながらそう言った。

 

「こら、じっとしとけよ」

 

 大人しく応接イスに座るバブは挙動不審にウロウロするメイを冷たい目で見ながら言った。

 

「だってすごいじゃない! コレも、コレも!このブランドなんてタルトールの予算じゃ…」

「メイ!」

 

 興奮して思わず声が大きくなるメイの言葉を遮るようにバブが叫ぶ。

 

「な、何よ」

 

 突然大声で名指しされて驚くメイに、バブは物凄く真面目な顔で言った。

 

「頼むから、城の重役が来たら一言も喋らないでくれないか? タルトールの品格が問われる」

 

 暫くの沈黙―

 

「なんですって!?」

 

 メイは怒りに頬を染め、こぶしを振り上げた。

 入り口付近に立っているドライがまたはじまったと言わんばかりに呆れた顔で二人を見ている。

 

 その時―

 背後のトビラがギイイと鈍い音を立てて開く。

 

「お待たせいたしました」

 

 涼しげな声と共に一人の男性が部屋の中へと入ってきた。

 メイは振り上げた拳をさっと後ろに回し、何事もなかったかのように静かにバブの隣に腰を下ろす。

 

「初めまして。私はこの国の教会における最高指導者であるフィラと申します」

 

 フィラと名乗る男性は、そう言って深々と礼をした。

 線の細い身体に少し癖のある長い銀髪を後ろで一つに結い、教会関係者らしいローブを纏っている。

 ただ、それは街で見かけたフード付きの白いローブではなく、薄い青を基調とした装飾の美しいものであった。

 

「こちらこそ初めまして。私はタルトール国王の弟、バブと申します。こちらはメイ姫」

 

 バブは立ち上がり深々と会釈する。

 彼の似合わない敬語に驚いたメイはぽかんとした顔でその横顔を見つめていた。

 大切な席で人が挨拶しているのにマヌケ顔で座り続けるメイにしびれを切らしたバブは、咳ばらいをしながら彼女の背中をバシバシと叩く。

 ハッとしたメイは突然勢いよく立ち上がり、遠慮がちに頭を下げた。

 フィラが2人に着席を促すと、バブは一礼して腰を下ろす。

 メイはしばらく困惑したように立っていたが、バブに引っ張られて腰を下ろした。

 

「それで、相談というのは?」

「単刀直入に申しますと、タルトールと我がカルディアの間に不可侵条約を結んでいただきたいのです」

 

 フィラは神妙な面持ちでバブを見つめる。

 

「不可侵条約?」

 

 バブが怪訝そうに顔を歪めた。

 

「ええ……。詳しい事は言えませんが、我々は今世界中の同士たちを探しているのです。そのためには、自由に他国を歩ける環境を整えなければなりません」

 

 バブの不信感が伝わったのか、フィラは相談を投げかけた意図を言える範囲内で伝えようとした。

 

 不可侵条約……。

 現在平和に暮らしているタルトールにとって特に不利益となる事はない条約だ。

 しかし、レイバーがどんな相談でもその場で決めずに持ち帰れと言っていた事を、バブは当然覚えていたらしい。

 

「わかりました。暫く時間を頂いても宜しいですか?」

 

 そうフィラに問う。

 

「そうですよね……直ぐに決められるようなことでもございませんね。分かりました。後日そちらに向かいましょう」

 

 そう言うと、フィラは先ほどまでの神妙な面持ちを少し緩ませ笑顔を浮かべた。

 いや、それができるなら最初からそうしなさいよ。本当、力にふんぞり返っていて嫌になるわ。

 でも、後日来てくれるのなら多少は信用してもらえたってことなのかしら?

 それともわざわざ来てやったぞと圧をかけるつもりかしら。

 そんなことを考えながら、メイは世間話に切り替り談笑する2人を冷ややかな目で見つめていた。

 

「では、そういうことで……」

 

 バブはそこまで言うと立ち上がり、それに続いてメイとフィラも腰を上げる。

 フィラが笑顔で右手を差し出すと、バブは一瞬ためらったがしっかりと握手を交わした。





 

「ふわぁー、アンタがあんなキモい敬語を使えるなんて初耳よ」

 

 メイは城を出るなり大きなあくびをしながらバブに言う。一行は帰宅するために街中の方へと足を進めていた。

 

「むしろキモい敬語も使えない残念なヤツはお前くらいだよ、お姫様」

 

 バブはメイのイヤミをイヤミで返しながらスタスタと歩く。

 

「しかし、彼らの目的が見えてきませんねぇ……」

 

 メイが今にもバブに食って掛かろうとしていたので、ドライが慌てて会話に参加する。

 

「何か同士を集めてるとか意味わかんねぇこと言ってたな。不可侵条約自体は別に問題は無いんだが……」

 

 バブは眉をひそめ、独り言のようにそう言った。

 その瞬間―

 ドンッ

 

「いてっ」

「きゃっ……」

 

 俯きながら歩くバブに、思い切り何かが衝突した。

「おい、大丈夫か?」

 

 バブはぶつかった衝撃で座り込む十代前半と思われる少女に右手を差し出した。

 少女は突然の出来事に状況を把握できてないらしく、えらく怯えた表情でバブを繁々と見つめる。すると

 

「神子さま!」

 

 背後から女性の叫び声が響く。

 三人が後ろを振り返ると、体格の良い熟年の女性が猛スピードでこちらへ走ってきていた。

 その顔は何故か怒りに満ちており、このまま突進されそうである。

 

「あんたたち!神子さまにぶつかるなんてどういうつもりなの?」

 

 三人の元にたどり着いた女性は息すら切らさずにメイたちを怒鳴りつけた。

 よく見ると、座り込んでいる少女は先ほど街中で良く見かけた白いフード付きのローブを纏っている。

 

「ミコ? なによソレ」

 

 いきなり謂れの無い罵声をぶつけられたことにご立腹なメイが冷たく返す。

 

「神子さまを知らないなんて……。あんた達、よそ者かい?」

 

 女性は呆れたようにため息を一つつくと、「神子」について説明しだした。

 

「神子さまってのは神の遣いなんだよ。神と交信して、国を救ってくれるんだよ!」

 

 女性は恍惚とした表情で空を仰ぎながらそう言う。

 

「はぁ……」

 

 メイは何と返したらいいのか分からず、とりあえず相槌だけうった。

 

「とにかく、神子さま。こんなところをお一人で歩いていらっしゃったら、また危険な目に遭いますよ」

 

 女性は彼女が神子と呼ぶ少女に向かって優しくそう言うと、少女の意思確認もせずにひょいと抱え上げて踵を返す。

 彼女は一瞬こちらを振り向いたが、メイ達が呆然と立ち尽くす様をみるなり黙って帰っていった。



 



「メイ、バブ、お疲れであった」

 

 翌日、タルトールへと戻ったメイ達はカルディア王国での交渉を報告するためにレイバーの元を訪れていた。

 

「して、如何なものか?」

 

 レイバーが二人にそう問うと、バブがフィラから相談された不可侵条約について一通り説明しだした。

 

「ふむ……」

 

 レイバーはそう唸ると、腕を組んで暫く物思いにふけた。

 

「分かった、とりあえずこの件は後ほど会議で決めるとする」

 

 一時の沈黙の後に、レイバーは神妙な顔で二人を順に見つめた。

 レイバーの言う「会議」とは、国の血縁者と側近による親族会議のようなものである。

 

「とにかく、二人ともつかれたじゃろう。暫く休んでいなさい」

 

 レイバーはそういうと、二人に退室を促す。

 

 メイがバブの方をちらりと見ると彼もこちらの様子を伺っていたようで、相槌を打って二人で王の間を後にする。王の間を出た彼女たちは、休憩室に向かって歩き出した。

 

「しかしなんなのかしら、あの良く分からん国は……」

 

 メイは疲れた身体を伸ばしながらバブに問う。

 呑気なメイと対照的にバブは眉をひそめ、黙って歩いた。

 

「メイさま、バブさま!」

 

 不意に背後から呼ばれ、二人の歩みが止まった。

 

「何?」

 

 メイが振り返ってそう問うと、二人を呼び止めたメイドが恐れ多そうに言う。

 

「お客様がお見えです。応接の間までいらしてください」

「客だって?」

 

 バブが驚いたように問う。

 

「いやまさか、違うでしょ。普通に考えて」

 

 昨日の今日で流石にないだろうと、驚くバブにメイが言った。

 バブが怪訝な顔つきで俯いていると

 

「とにかく、行ってみましょう?」

 

 彼女はそう促した。

 二人は無言のまま応接の間へと足を急がせる。

 応接の間に辿り着くと、案内のメイドが扉を静かに開いた。

 

 

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