第4話:Lv.8の壁と【高速思考】による連携

■:vs 影鰐(シャドウ・クロコダイル)


 暗闇の向こうから現れたのは、レベル8相当の魔獣、影鰐(シャドウ・クロコダイル)だった。通常の鰐の半分程度の体躯だが、耐久度が高い。鱗は暗闇に溶け込む黒色で、その巨体から瘴気が滲み出ている。


《解析演算:敵対対象:影鰐(Lv.8)/勝率:34.5%/警告:打撃耐性高、通常攻撃無効の可能性》


「いきなり現れた最初がレベルが8か!」

 陸が、焦りを顔に出す。


「秋斗!解析結果は?いけそう?」

 エリザが【緊急防護】を展開準備をしながら問う。

「さっきの兎よりはいけるっぽいが、陸の捌き方次第だ」


 秋斗はすでに【高速思考】を発動させていた。思考速度が跳ね上がり、情報が高速処理される。


(この防御力は、剣術(1)では貫けない。陸の【精霊契約】による魔法攻撃が必須。エリザの【緊急防護】は必須防御に限定すべき。魔力は温存。)


 秋斗は即座に指示を出す。


「陸、打撃耐性持ちだ、俺は引付役になる。精霊契約で『火の精霊』を呼び出せ!エリザの突進に対するシールドの用意、陸の最大火力の属性魔法で攻撃しよう!」


「わ、わかった!」

 陸は慣れぬ手つきで精霊契約を発動させ、炎の粒子を集め始める。


 影鰐は、巨体を地を這うように動かし、三人の足元へ突進してきた。

 秋斗が二人の前に出る。



■:超高速の回避と【緊急防護】の活用


 突進速度は、秋斗の【剣術】と【体術】の回避速度を超えている。

 しかし、【高速思考】が起動していた。


「エリザ!陸の足元にシールドで援護!」


 秋斗の思考による指示は、発声と同時にエリザの脳裏に共有された。【高速思考】による指示は、エリザの反応速度をも引き上げた。


 ドオン!


 影鰐の突進が、陸の足元ギリギリで展開された透明な魔力障壁にぶち当たる。障壁は一瞬で砕け散ったが、影鰐の突進の勢いを削ぎ、わずかな体勢の崩れを生じさせた。口が大きく開く。


 秋斗は、その隙を見逃さない。

「鰐野郎、その口にプレゼントだ! 陸、今だ!」

「おう!」


 陸は、精霊契約で増幅させた火の魔力を、地面に向けて放射した。影鰐の口元が爆発的に燃え上がる。

 影鰐は即座に後ずさり、秋斗と陸から距離を取る。


(炎は効果がある!やはり、魔法耐性は低い!)


 秋斗は解析結果を瞬時に判断し、陸に伝える。



■:連携攻撃と新たな発見


 影鰐が再び突進してくる。秋斗は、敢えて突進の軌道に身を晒した。


「エリザ!こっちにもシールド!」


 秋斗の身体と影鰐の間に魔力障壁が現れる。影鰐の角が障壁に当たる寸前、秋斗は全力で地面を蹴った。


 キン!――鋭い音と共に、障壁は砕け散るが、秋斗は勢いを借りて影鰐の巨体の上に着地した。


「陸!口を開かせる。ぶち込んでやれ!」


 影鰐が体勢を崩し、巨体を揺らす。秋斗は【剣術】スキルを、「足場を固定する杭」として活用した。背中と頭のつなぎ部分のうなじにロングソードを突き立て、動揺する影鰐の上で体勢を維持する。


 影鰐が再び口を開き、背中の異物を振り落とす勢いで抵抗を始めた。


 陸は、秋斗の指示に従い、精霊の力を込めた炎の矢を、影鰐の口内めがけて集中射撃する。


 グギャアアアア!


 魔獣の咆哮がダンジョンに響き渡る。その絶叫と共に、影鰐の鱗が剥がれ落ち、そこから青い血が噴き出した。


 秋斗は、首からでる血飛沫を浴びながら、剥がれた鱗の下の部位を【解析演算】にかける。


『影鰐(Lv.8):弱点 喉露出/耐久値:残り3.5%。』



■:勝利とレベルアップ


「陸!いけるぞ、喉奥にぶち込んでやれ!」


 陸は、残る全ての魔力を火の精霊に注ぎ込んだ。炎の矢の周りに青白い炎が渦を巻き、まるで横向きに直進する竜巻のように影鰐の口の中に注ぎ込まれた。


 ドオォォン!!


 衝撃で秋斗が影鰐の背から吹き飛んだ。

 爆炎が収まった後、影鰐の巨体は完全に灰燼と化していた。その中心には、輝くオーブが一つ残されている。


 三人は、上位の魔獣を倒したという事実に、息を呑んだ。


「やったね!」

 エリザがシールドを解除した。


【秋斗・エリザ・陸:Lv.7に上昇】


 格上を無傷で倒せた大きな一歩だった。


 秋斗は、オーブを拾い上げ、【解析演算】にかける。


『スキルオーブ(希少度★4):【集団意識―グループ・コネクト―】』


「レア度★4、レジェンド級?」

「いや、レベル一桁の魔獣だから、ダブルレアくらいじゃないか」


 秋斗の脳裏に、このスキルをどう使うべきか、すでに超高速の解析が始まっていた。三人の瞳は、この地獄を生き抜くための、新たな輝きに満ちていた。



■:レベル7:スキルの真価


 夜明けの光が、影鰐の灰を淡く照らしていた。

 秋斗は手にしたスキルオーブを凝視していた。淡い紫の光を帯び、他のどのオーブよりも脈動が強い。


『スキルオーブ(★4)【集団意識―グループ・コネクト―】』

(効果:複数名の思考・感覚を同期させ、限定的な共有意識を形成する。スキルランクに応じて通信範囲・精度上昇)


「“共有意識”か。まるで俺の【高速思考】を外部へ拡張するようなスキルだ」


 エリザが眉をひそめた。

「そんなことが可能なの? 思考が混ざるなんて、危険じゃない?」


 陸も慎重に頷く。

「精神系のスキルは暴走した例もある。リスクの確認が必要だ」


 秋斗は黙って目を閉じ、【解析演算】を走らせた。


《推定リスク:思考侵入率7%未満/過負荷時:精神ノイズ発生の可能性》

《連携補正値:+28%(反応速度・指令伝達)》


「リスクはあるが、今の俺たちに必要なのは“意思の同期”だ。あの影鰐戦のように、秒単位の判断差が命取りになる。低リスクは無視しよう」


 焚き火の残り火がパチ、と音を立てた。


 エリザは小さく息をついて言った。

「秋斗が制御できるなら、やってみましょう。私たちは信じてるから」


 陸も笑った。

「ああ。俺たちはもう、“地獄の初日”を越えた仲間だしな」

「地獄のチュートリアルな。まだ、地獄の一丁目にもたどり着いていない」


 秋斗は軽口をたたき、オーブを三人の間に置いた。

「同意確認」

「接続:了承」

「接続:了承」


「対象の了承を確認。スキル【集団意識】の共有を開始」



■:レベル7 意識の交錯


 紫の光が三人を包む。視界の端が白く霞み、頭の奥で微かな共鳴音が鳴った。


《スキル発動確認:集団意識(Lv.1)》

《接続数:3/範囲:15m/同期率:82%》


 瞬間、秋斗は“二つの視界”を同時に感じた。エリザの正面に立つ陸、陸の背後の揺れる焚き火。音の重なり、呼吸のタイミング。

(――見える。思考の流れまでもが……)


『秋斗、これ……すごい……あなたの声が、頭に直接入ってくる……!』

『わぁ、俺もだ!まるで無線みたい!』


 思念の共有は滑らかだった。感情は微かに伝わるが、人格までは侵食しない。

 秋斗は安堵した。

(よし、制御可能。これなら戦闘時、音声指示を省ける)



■:精度上昇の訓練


 秋斗は【解析演算】と【高速思考】を組み合わせ、意識リンクの挙動を調整した。


「陸、左。エリザ、防御反射のタイミング、カウント1.2.3で合わせて」


『了解』

『任せて』


 ―1.2.3―


 三人の動きが、次第に「一つの意思」で動くようになっていく。

 棒状の岩を的に見立て、攻撃と防御を繰り返すたび、同期率がわずかに上昇した。


《同期率:91%到達/反応遅延:0.04秒》


「90%を超えた。これなら、十分実戦レベルだ」

 秋斗の声に、二人の思念が同時に応えた。


『うん』

『完璧!』


 三人は笑った。ほんの一瞬、地獄であることを忘れた。

 ダンジョンの中が、一番平和なのではないかと思うくらいには。



■:そして、次の脅威


 しかし【解析演算】の警告音が、静寂を切り裂く。

《検知:高密度魔力領域 南東方向200m/魔力階層:複数個体の可能性》


「“腐食湿地帯”方面からだな」

 秋斗が低く呟く。


 陸が息を呑んだ。

「複数個体、つまり、湿地帯に住む魔獣か?」

「湿地帯と言えば、蛙系統か、他には何がいるかな」


 エリザが立ち上がる。

「スライム系か、半魚人?」

「半魚人は、湿地というより、川っぽいよね」

「俺たちも三人、団体戦だ」


 秋斗は微笑み、剣を背に収めた。

 朝日が昇る。彼らの視界が、まるで一つの生命体のように重なっていく。


 ――地獄の第二階層、「腐食湿地帯」。

“群れ”として覚醒しつつある三人が、次なる戦場へと歩み出した。

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