第3話:スキルオーブと最優先事項
■:レベル5と戦利品価値
高レベルの狂奔兎(Lv.8相当)を倒した三人は、レベル5に達した。身体から力が漲る感覚と共に、絶望的なレッドゾーン地区の荒野に、微かな生存の光明が差した。
【秋斗・エリザ・陸:Lv.5に上昇】
三人は、勝利の証である三つの青く光るスキルオーブ(希少度★3)を前に、焚き火のそばに座り込んだ。
「やった...一気にレベルが5に上がったぞ!」陸が興奮気味にオーブを手に取った。
「それに、このスキルオーブよ。希少度★3なんて、滅多にお目にかかれないわ」エリザはオーブの輝きに見惚れている。
秋斗は冷静にオーブを鑑定した。
『スキルオーブ(★3):【高速思考―ハイ・スピード・シンキング―】』
『スキルオーブ(★3):【緊急防護―エマージェンシー・シールド―】』
『スキルオーブ(★3):【精霊契約―エレメンタル・コントラクト―】』
「三つとも、ユニークスキル並みの希少度だ。だが、陸とエリザの二つは、覚醒スキルとの相性も良さそうだ」秋斗が淡々と告げる。
エリザはオーブを眺めながら、ふと顔を上げた。
「ねぇ、秋斗。これ、イエローゾーンに持ち帰れば、間違いなく高額で買い取られる価値ある物よ?私たち、お金が必要なんじゃないの?」
陸も頷く。「そうだ。このダンジョンの奥深くまで行かなくても、これを売れば当座の資金には困らないはずだ。グリーンゾーンの資本家も欲しがるだろう」
秋斗は一瞬目を閉じた。父が望んだ「金さえ払えば手に入る普通の生活」の記憶がよぎる。しかし、彼はすぐにその甘い誘惑を振り払い、現実の記憶をたどる。
――特別法に基づき、レッドゾーン地区へ強制転出させる。二度と安全区に戻ることは許されない。――
「金も大事だ。だが、その『普通の生活』と引き換えに、俺たちは大切なものを失いかけた。しかも、特殊部隊の話では覚醒した者は、二度と安全区(イエローゾーン)には入場できない。このレッドゾーン地区で生きていくには、金よりも生き残るための戦闘力が命綱だと思うが」
秋斗は、倒した魔獣からドロップした、腐食芋虫の毒腺や狂奔兎の角を指差した。
「換金は、これらのドロップアイテムを村についたらギルドに持ち込もう。このオーブは、俺たちの生存確率を上げるために使おうぜ」
「たしかに、戻れないなら、生き残るための力をつけるべきね」
「ああ」
エリザと陸は、秋斗の瞳に宿る決意の炎を見た。二人は無言で頷き、オーブを使うことに同意した。
■:新たな力
三人は、それぞれの覚醒スキルとの相性を考慮して、オーブの取得を決めた。
秋斗:【高速思考】
エリザ:【緊急防護】
陸:【精霊契約】
オーブが身体に溶け込むと共に、新たなシステムメッセージが三人の視界に浮かび上がった。
秋斗:
『スキル【高速思考】Lv.1を習得しました。』
(効果:解析演算と連携し、思考速度と判断力を常人比3倍に加速させる)
秋斗の頭脳の中で、周囲の情報の処理速度が一気に跳ね上がった。
エリザ:
『スキル【緊急防護】Lv.1を習得しました。』
(効果:自身または対象に、瞬間的な魔力障壁を展開する。発動は魔力残量に依存する)
エリザの「献身の光」という覚醒スキルは、回復特化だ。
この防御スキルは、彼女自身の生存率を飛躍的に高めるだろう。
陸:
『スキル【精霊契約】Lv.1を習得しました。』
(効果:地・水・火・風のいずれかの精霊と一時的な契約を結び、属性魔法の威力を増幅させる)
陸は、地獄での戦闘で初めて【属性魔法】を覚醒させたばかり。
このスキルは、彼の攻撃力を一気にパーティーの柱へと押し上げる可能性を秘めていた。
■:レベル10か、村への移動か
新たなスキルを獲得し、レベル5になった三人の間に、次の行動に対する冷静な議論が持ち上がった。
「これで、俺たちの生存確率は、一気に40%近くまで上がったはずだ」
秋斗が【解析演算】の結果を簡潔に共有した。
「次はどうする?当初の予定通り、陸の故郷『灯火の里』を目指すの?」
エリザが尋ねた。
陸は慎重に答える。
「『灯火の里』は、ここから数日歩いた南東にある。コミュニティ自体は穏やかだが、村のレベルは低い。安全な拠点にはなるが、これ以上レベルを上げるには、別のダンジョンを探して、また行く必要がある」
秋斗は、マップ情報を解析した結果を頭の中で処理しながら言った。
「俺たちがどこに居場所をつくっても、それぞれの支配者に対抗するにはレベル5では話にならない。レッドゾーン地区で生き残り、力をつけることは避けられない」
秋斗は、初心者ダンジョンのさらに奥、レベル10のボス魔獣が出現するエリアの座標を示した。
「『灯火の里』へ行くのは、情報収集と拠点確保のためだ。だが、村へ直行する前に、レベル10の階層ボスを倒せるくらいの力はほしい」
「レベル10の階層ボス」
陸の顔が青くなる。
「そのリスクを負うだけの価値がある」
「レベル10になれば、スキル構成も安定し、戦闘での選択肢が増えるのね」
「ああ、それに、『灯火の里』は、俺たちがレベル10相当の力をつけてから合流した方が、村を脅威から守りやすい」
エリザは秋斗の意見に同意した。
「分かったわ。レベル10を目指しましょう。私も、自分のスキルを使いこなせるようになりたい。陸、覚悟を決めて」
陸は、エリザと秋斗の強い視線を受け止め、震える手で剣を握り直した。
「...わかった。地獄の入口で死ぬわけにはいかない。レベル10まで、お前の解析と、俺の知識で生き残ってみせる!」
三人の視線が交錯し、レベル10への挑戦と、故郷への帰還という、二つの目標が定まった。
■:静寂の夜と、分析ログ
狂奔兎との死闘から一夜。荒野の風は冷たく、焚き火の火花が闇に吸い込まれていく。
秋斗は眠れず、仮設シェルターの外で【解析演算】の結果を確認していた。
《解析結果:三名の戦闘データを統合/戦闘行動成功率:73%/平均反応時間:1.2秒短縮》
《階層奥地:腐食湿地帯。毒耐性スキル、もしくは装備強化を推奨》
「やはり、毒の地形か……」
秋斗の脳裏に浮かぶのは、腐食芋虫の毒腺。あれを加工すれば、簡易の抗毒ポーションが作れる。素材は揃っている。問題は時間だ。
背後で、エリザが小さく欠伸をした。
「また寝てないのね、秋斗。頭の回転が速いのはいいけど、倒れたら意味ないわ」
「慣れてる。思考速度を上げすぎると、逆に眠れなくなるんだ」
「ふふ、それもスキルの副作用ってわけね」
エリザは少しだけ微笑み、秋斗の隣に座った。火の明かりが頬を照らす。
その少し離れた場所で、陸が何かをしていた。小石を並べ、地形の模型を作っている。
「地学部出身の本領発揮、ってやつか?」秋斗が声をかける。
「いや、こっちはただの癖さ。地形を立体で見た方が、精霊の流れを読める気がするんだ」
陸の目は真剣だった。精霊契約のスキルを得た彼の周囲には、微弱な風の粒子が漂っている。
秋斗は思った。
――俺たちは確かに、地獄にいる。だが、この三人が揃えば、地獄を“生きる場所”に変えられる。
■:地獄での最優先事項
「秋斗、次の目標を整理して。あと私はレッドゾーン地区がどんな場所なのか噂でしか知らないのよ、教えてくれる?」
エリザの声で、三人の視線が焚き火に集まった。
秋斗は短くまとめる。
「目標としては、第一に、抗毒薬の製作。第二に、腐食湿地帯の攻略。第三に、戦闘データの蓄積によるスキル熟練度アップ」
「つまり、村に行く前に“環境”を整えるわけね」
「そうだ。灯火の里に着いても、俺たちが病気や毒で動けなきゃ意味がない」
陸が頷く。「あの村には医療スキル持ちは少ない。先に薬を量産できれば、歓迎されるはずだ」
「取引材料にもなるわね、私の回復魔法が役に立てばいいけれど」
エリザの深緑の瞳が鋭く光った。
赤に近い茶色の長い髪が風で揺れる。
「レッドゾーン地区で信用を得るには、金より“役に立つ力”のほうが、一番わかりやすい」
「無法地帯みたい」
「無法地帯でもあり、無政府状態でもある自治区だから、イエローゾーン地区のようなかつての日本の法律は適用除外だ。つまり支配者の機嫌次第」
「…最悪ね」
秋斗は微笑んだ。
「――まあ、何を求めるかで最悪は変化する。力がなければ蹂躙されるが、力を得られ、楽しく生きていける可能性は十分ある」
「イエローゾーン地区だと、階層社会の一番の底辺に固定だから、可能性だけでいえばマシなのかな」
エリザの言葉に、「それは人による」と陸が答えた。
■:微かな希望
夜が更け、風が止む。三人は焚き火の光の中で、それぞれの武器を磨いた。
エリザの手元で、緊急防護の魔力が微かに明滅し、陸の精霊が風を整えていく。
秋斗は、毒腺を砕いて瓶に詰めた。
《抗毒ポーション(試作型)完成:効果時間12分》
わずかに安堵の息をつく。
「……これで、一歩前進だ」
「秋斗、それ、あとで私たちにも作り方教えてね」
「もちろん。生き残るのは三人全員だ。そのうちエリザは解毒魔法『キュア系統』を覚えられるだろう」
火が小さく爆ぜた。
その音に、三人は同時に顔を上げた。――暗闇の向こうで、何かが動いた。
解析演算が、即座に警告を発する。
《未確認反応体、距離120メートル。魔力反応:中級個体》
秋斗は立ち上がり、短く告げた。
「……来たな。レベル10への、最初の試練だ」
焚き火が吹き消され、闇の中に、三つの影が構えを取った。
レッドゾーンの地獄は、まだ終わらない。
いや、本当の地獄はまだ、始まってすらいない。
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