第33話 極道お嬢、奈良の空に吠える
大仏殿の前で、あたしは腰に手を当てて仁王立ちしていた。
鹿がじいっとこっちを見るけど知らない。
今のあたしは、殴り込み寸前の組長レベルで気合が入ってる。
ダーリン……見てる?
あたし、やったからね。
あんたの願い、この国にぶち込んだからね!
大仏の金色が朝日に光って、
その輝きがまるで
「ようやった、光明子。大好き!」
って言ってるように見えた。
あたしは指をポキポキ鳴らす。
疫病だの、反乱だの、遷都だの……
全部ひっくり返ってきたけどよぉ。
この極道のお嬢、サツキちゃんが
まとめてぶっ飛ばしたったわ!
鹿がビクッとしたけど無視。
「母上」
隣から落ち着いた声。
孝謙が、きっちりした姿勢で立っていた。
「正倉院の見学、そろそろよろしいですか?」
「ええ、もちろんよ」
まず、北倉に案内した。
「ここは北倉 ―― 聖武天皇の記憶が眠る、VIPルームよ。
いわば聖武ダーリンの人生そのものが詰まった場所。
ほら、見てごらん。懐かしい品々でしょ。
天皇・皇后の衣
聖武が実際に使った楽器
仏具・供養道具
祈りのための宝物
開眼供養で使った祭具
ほら、これは、開眼供養の日に握った青い紐。
大切に保管しておきましょうね」
孝謙は、ゆっくり歩きながら時々目頭を押さえている。
「父上の姿を思い出します」
「そうね。ここは、ダーリンの記憶が爆速でよみがえる場所。
寂しくなったら、ここに来ましょう」
そして、役人と共に足を速めた。
「中倉 ―― 東大寺の仕事部屋、実用の宝庫。
中倉は、ちょっと実務的な倉庫よ。
大仏の維持管理や寺の運営で使われた道具、文書が入ってるの。
東大寺の記録
寺の仕事道具
修理用の資材
祭礼の備品のバックアップもあるのよ。
ほら、お役人が作業をなさっているでしょ」
役人があたしたちに深く頭を下げる。
「お邪魔をしないようにしましょう」
あたしたちは、足を速めた。
「ここは南倉 ―― 贈り物と流行の宝箱よ」
孝謙が目を見開いた。
「うわあ、懐かしい。この
「そうね、夢のように美しい色ね」
孝謙は見回して目を見開いている。
「南倉は、いちばん華やかね。
日本・唐・新羅・ペルシャ……
あらゆる国の豪華な贈り物がここに眠ってる。
ペルシャ風ガラス器
唐から届いた装飾品
外交儀式用の装束
海外の楽器・武具・工芸品」
ふたりで見て回った。
「ああ、きれい」
「これ好きだったわ」
宝物を見るたび、思い出がよみがえった。
そこで見たのは……
「ああ、これ」
あたしは、宝剣二本を手に取った。
ダーリンが最期のとき、身につけた陽宝剣と陰宝剣だ。
「守り刀にしましょう」
役人を呼んだ。
「これをしばらく持ち出したいの」
「かしこまりました。目録に付箋をつけて、紛失ではないことを明らかにします」
役人は
あたしは、
そして、
宝剣はあたしたちの守り刀になった。
それから四年、あたしと孝謙天皇は嵐のような政治の世界に翻弄された。
そして、あたしは今、寝台の上。
娘に手を握られている。
もうすぐ、息子と夫の元に旅立つ。
「ダーリンと夢見た極楽浄土に行くわ。
輪廻転生して、また極道のお嬢に生まれなければいいんだけど」
「母上!」
孝謙の声が心地よい。だんだん声が遠ざかる。
奈良の恋花、これにて終了。
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