第14話 大嘗祭は人々の思いをのせて

 大嘗祭だいじょいさいーーあたしは絶対に忘れない。


秋の風が冷たくて、空は透きとおるように青い。

平城の都は、朝から人と馬でごった返していた。

馬のひづめの音、いななき。人々の掛け声。

あっちからは俵、こっちからは木箱。



 あたしは大路に出て、その光景を見た。

 「備中国びっちゅうのくにより白米一石!」

 「周防すおうの海から干鰒ほしふく(干したあわび)五十連!」

 「伊勢の山から炭と香木!」


 全国の国々から、大嘗分だいじょうぶんと呼ばれる品々が、次々と宮に運び込まれてくる。

 米、果物、塩、酒、炭、絹、香――。

 すべて神のための食卓に並ぶもの。

大嘗祭だいじょうさいってのは、天皇が神さまと一緒に、全国の幸を食する夜のことなのだ。



 「人が神と食事をする……?」

 そう思うと、背筋が少しだけ震えた。

 この世とあの世が一晩だけ混ざる。

 そんな感じがする。


 日が傾くころ、大工たちが木槌を打つ音が響きはじめた。

 新しい殿を建てる音。

 それが悠紀殿ゆきでん――東の神を迎えるための殿。

 もう一つ、主基殿すきでん――西の神の殿。

 二つで一対の、神と人の家だという。


 あたしは香を焚く女官に混ざって、その建築を見に行った。

 ひのきの柱、杉のはり。木の香りが夜気に混じって、少し甘い。

 釘は一本も使わず、縄と木組みだけで作られていた。

「神の家は、鉄の音を嫌うのです」と、年老いた典侍ないしのすけが言った。


 月が昇るころ、白い麻布が張られた。

 風が吹くと、布が銀色に透けて、灯の影がゆらめく。

 まるで、神さまの息づかいみたいだった。


 夜になった。

 庭いっぱいに、供物が並ぶ。

 干栗、干柿、塩、炭、そして新米。

 女官たちが息をひそめて並べていく。


 香炉が運ばれた。

 火が入ると、淡い煙が立ちのぼる。

 「蘭奢待らんじゃたいです」

 その言葉に、あたしの心がふるえた。

 現代では正倉院に収められている、天下第一の香木――。

 その一片が、焚かれている。


シナモンのようなスパイシーな香り。

蜂蜜のような甘さが後を追う。

あたしは好きだな、この香り。


これを織田信長が所望したと好きなラノベに書いてあった。

その香りを胸いっぱいに吸い込んでいる。

すごいことじゃない? わくわくする。


 殿の中央に敷かれたのは、白い麻布の御座――神御茵かみのおしとね

 そこに、あたしのダーリン・聖武天皇が座るという。

 神とひとつになる座なのだそうだ。


 今夜、ダーリンは神とともに新穀を食す。

 そして、天から「治めよ」と告げられる。

 その瞬間に、この国の命脈がつながる……という。


 ……難しいことは、あたしにはよくわからない。

 でも――胸の奥がじんと熱くなる。

 国じゅうの人が、この一夜のために働いて、祈って、手を動かしている。

 その息づかいが、風に乗って宮を包んでいる。


 夜半、月が真上にのぼるころ。

 悠紀殿ゆきでんの灯がすべて消えた。

 風が止み、香の煙だけが空へ昇っていく。


 あたしは空を見上げた。

 「神さま、どうかこの国をお守りください。そして、あたしを皇后にしてください」


 つぶやいてみたけれど、……効き目はないみたい!

この件については、やっぱりチートは使えない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る