第17話 魔女、依頼を完遂する


 門まで着くと、門番の人が驚いたように私達を見て駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか!? すぐに、教会にお連れします!」


 彼はレオンさんを支え、別の兵士の人がロバートさんを受け取り担架に乗せた。何があったのかを聞かれたので、簡単に事情を説明する。悪性魔力の話題を出してもピンときていないようだったので、やはり皆が知っていることではないようだ。


 慌ただしく人々が放している中私はもう離れていいだろうかと考えていた時、レオンさんに呼び止められた。


「ラーシェリアさん。本当に、ありがとう。どうかまた、お礼をさせてほしい」

「お礼など、大丈夫ですよ。まずは体調を回復させることを第一優先にしてください」

「だが、あなたは俺達の命の恩人だ」


 やはり、彼は真面目な人だ。このまま礼はいらないと言い続けても、彼は納得しないだろう。それに、私に借りを残すことにもなる。それなら何でもいいから貰っておく方がいいかもしれない。


「ですが、今は特にほしいものもないのですよ」

「では、また今度会えないだろうか。その時に、できることがあれば何でもしよう」


 そうして一週間後に彼と会う約束をして、教会に向かう彼を見送った。彼の姿が見えなくなってから歩き出すと、頭から肩に移動したリュビアが話しかけてくる。


『お礼、何をもらうの?』

『何がいいかな……。ただ、お金をもらうのは嫌なんだよね。まるで、金目当てで助けたみたいじゃない』

『そんな風に思うような人じゃないと思うけどねぇ』


 私もそう思うが、自分の道義が許さないのだ。お金を要求するほどお金に困っているわけでもないし、旅に役立つ魔導具や食事などが妥当だろう。



 ◇ ◇


 

 ギルドに戻って、依頼を達成したことを報告することにした。カウンターの前に立って、ライナスさんを呼んで欲しいと伝える。


「先程ぶりですね、ラーシェリアさん。何か不明な点がありましたか?」


 彼は穏やかに微笑みながらそう問う。私はかばんから悪性魔力の水晶が入った袋を取り出し、彼の前に差し出した。


「依頼、完了しました」

「……え?」


 彼の笑顔が固まった。




 別室に移動し、ライナスさんの正面に座る。彼は未だ信じられないのか、落ち着きがない様子だ。


「その、確認させていただいても、いいでしょうか」

「ええ、勿論です」


 私は黒い水晶を袋から出して並べる。彼は手袋をはめてそれを手に取り、まじまじと眺めた。


「これは……本物ですね」

「本物に決まっていますよ。私が嘘をついているとお思いなのですか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……不快にさせてしまったのなら、申し訳ありません。ただ討伐をお願いしたのはつい先ほどのことですよ。一週間ほどはかかると思っていたのに、まさか一日もかからず終わらせてしまわれるとは。信じられないものですよ」


 彼の言うことはもっともだろう。私も、一日で終わらせられるとは想定していなかった。悪性魔力を見つけるまでに時間がかかりそうだと思っていたが、すぐに見つけることができたのだ。もう少し早く見つけておきたかったところだが、どうしようもない。


「確認しました。悪性魔物の討伐、ありがとうございます。報酬の方ですが、すぐにお渡ししますね」

「その前に、お話ししたいことがあります」


 彼が立ち上がろうとするのを止め、私は回収した魔物の素材を取り出す。


「実は、私が最初に遭遇した悪性魔物は、中級魔物のグリズリーベアだったのですよ」

「…………」


 私の言葉に、ライナスさんは言葉を失ったようだ。彼の反応からも、やはり初級魔物が想定されていたのだと確認できる。


「私が見つけた時にはすでに五人の冒険者の方々が亡くなっていました。二人の命は救うことができましたが、私が間に合わなかったら確実に殺されていたことでしょう」

「その、お二人の名前は分かりますか?」

「レオンさんとロバートさんです」


 特に言っても問題ないだろうと言ったことだったが、彼はまた驚いたように目を丸くした。彼の表情が、段々と豊かになっているような気がする。


「騎士のお二人ではありませんか。ということは、亡くなった冒険者というのは……」


 彼は悼むように目を瞑る。


「……恐らく、その方々は、Bランクの冒険者パーティーでしょう。彼らがやられてしまうとは、恐ろしく強力な魔物だったということではありませんか?」

「そうですね。悪性魔力の濃度が初級と比べて明らかに濃かったですから」


 Bランクの冒険者は経験豊富で実力者であるだろうに。悪性魔力の恐ろしさがよく分かる。


「ありがとうございます。そのような危険な魔物を討伐してくださって」

「放置していたらもっと悪性魔力が増幅していたでしょうし、倒せてよかったですよ」


 悪性魔力というものは、周りの魔力を吸収してどんどんと強力になっていく。もし倒せていなかったら、もっと多くの犠牲者が出ていたかもしれない。


「そのように強力な魔物を討伐していただけたのです。報酬は、依頼書に書いてあったものよりも多く出しますね。お持ちいたしますので、少しお待ちください」


 ライナスさんはそう言って、素材を持って部屋を出た。それを待っていたかのように、リュビアは(思念で)声を出す。


『ライナスさん、びっくりした顔してたね。ラーシェはすごいから、話が広まっていくんじゃない? 最強の魔法使い、爆誕!』

『派手に目立ちたくはないな……』

『お金が増えたら、何に使う?』

『とりあえず、旅に必要なものは一式揃えたいな。服もこれ一着しか持っていないから、用意しておきたい』

『わたしも可愛い服が着たいけど、この体だからなぁ』


 着ている服は毎日同じだが、魔法で洗浄しているので匂いや汚れは大丈夫だ。決して、不潔ではない。それでも一応、何着かは持っておいた方がいいだろう。


 色々リュビアと話をしていると、ライナスさんが戻ってきた。


「依頼達成報酬に中級の悪性魔物の討伐を加えまして、報酬は銀貨五十枚です」


 思っていたよりも多い。ヒュドラの抜け殻と同じ価格だ。


「また、あなたの功績を称え、冒険者ランクを上げさせていただきますね。あなたは、Dランク冒険者です」


 ランクも上がった。早く冒険者ランクを上げておきたいと思っていたので、喜ばしいことだ。感謝の言葉を告げ、報酬を受け取る。私が袋に入った硬貨をかばんに入れるのを見ながら、彼は口を開いた。


「レオン殿とは、何かお話をされたのですか?」

「ええ。一週間後に会うことになっています」

「彼は、フロンティア騎士団の中でも特に優秀な方です。騎士団からあなたに連絡があるかもしれませんね。ぜひともお会いしたい、と」


 面倒だから避けたいと思ったが、騎士団と関係を持っておくのも悪くはないかもしれない。万が一の時に役立つ可能性がある。


「どうか、これからもよろしくお願いします」


 去り際に、ライナスさんがそう言った。悪性魔力に関することであれば、今後も協力してもいいかもしれない。

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