第16話 魔女、人助けをする
私が怪我人を背負い、隣で歩く男性を軽く支えながら歩く。彼は平気だと言っていたが、疲労で体がふらふらしている彼は、一人でも歩けなさそうだと判断したのだ。
ちなみに、依頼をこなしたことを証明するために、グリズリーベアを解体して素材を得る。悪性魔物には黒い水晶のようなものが生えているので、これを回収しておく。素手で触れると良くないので、手袋のように魔力を手に覆って取る。回収した水晶を入れる袋はライナスさんから受け取っている。どうやらこの素材は、有効活用されるらしい。毒は使いようによっては薬になる、ということだろう。
「……迷惑をかけて、すまない」
怪我をしていない方の腕で犠牲になった人達の遺品を抱える彼は、とても落ち込んでいるように見える。何か気の利いたことを言えたらいいのだが、何を言えばいいのか分からない。
『ラーシェ、力持ちだね。大人の男の人を背負えるなんて、実はムキムキなの?』
『ムキムキじゃないよ。魔力で体を強化しているんだ』
肩が埋まってしまったので、リュビアは移動して今は私の頭の上に乗っている。青年を背負い、頭に小鳥を乗せているなんて、傍から見たら奇妙な者に見えるだろう。だが、彼女がその見た目で翼を動かしたら不自然すぎる動きになるのだ。
『リュビアならこういう時、どうやって声をかける?』
『んー。わたしなら、関係ない話をしてみたり、何でもいいから話を聞いてみたりするかも』
なるほど。とりあえず、彼の名前でも尋ねてみようか。
「私はラーシェリアと言います。あなたのお名前は?」
「……レオンだ。そいつは、ロバート」
彼は私の背後に目を向けてそう答えた。このまま話を終わらせないよう、加えて問いかけてみよう。
「レオンさんは、冒険者なのですか? あなたの戦い方を見ていると、どちらかというと、騎士のような……」
彼が魔物と相対している場面を見たのは一瞬だが、彼は剣を構えていた。ありふれた武器だが、彼の構え方は洗練されていて、剣の訓練を重ねたのだろうということが伺えたのだ。レオンさんは僅かい目を丸くし、頷く。
「ああ。俺は、騎士だ。ロバートもそうだ。あいつら……死んだ仲間が冒険者で、人手が欲しいからと同行を頼まれ、ここに来た。問題なく進行していたが、あの魔物に遭遇して、皆次々にやられた。通常の魔法攻撃が通じなくて、それどころか攻撃した魔法があの淀んだ魔力を吸収して反射するように返ってきて……ほとんど、対抗する間もなかった。俺達も、あんたが来てくれなかったら、あのまま殺されていただろう」
悲痛な声だ。彼の表情には、後悔や懺悔のような感情が浮かんでいる。悪性魔物は、対抗手段を知らずに戦うのは不可能にも近い。ライナスさんが当然のように悪性魔力のことを話していたので今ではもう皆が知っていることなのかと思ったが、そうではないようだ。知っていても、倒す手段がなければどうにもならないだろう。
……少し、違和感がある。ライナスさんは、悪性魔物に襲われた冒険者が怪我を負ったと話していた。先程私が討伐したグリズリーベアは本来中級魔物で、通常状態であってもそう易々とは倒せないと言われている。そんな魔物が悪性魔力で強化された時、逃げることは可能なのだろうか。現に、レオンさん一行はほとんど全滅状態だ。騎士である彼は、一般冒険者よりも力を持っているはずだろうに、私が見た限りでは逃げることは難しそうだった。
とすると、もしかしたら、依頼があった悪性魔物は別のものなのかもしれない。
『ラーシェ! 魔物が来る!』
リュビアの言葉と同時に、私は指先に魔力を込めて光弾を放つ。耳が痛くなるような金切り声が聞こえ、手ごたえを感じた。
『よく気が付いたね、リュビア』
『変な気配がして、鳴き声が聞こえたからね』
リュビアの感覚はかなり鋭い。ロバートさんに影響がないよう広範囲の魔力探知を控えていたとはいえ、彼女の方が私よりも早く魔物の存在に気が付いていた。
「こ、これは……さっきのやつと、同じ魔力か?」
「ええ、そうです。初級魔物のジャイアントラットが、悪性魔物化したものみたいですね」
さっきのグリズリーベアは、遠くからでも悪性魔力が漏れ出ていて近づくのも危険であったが、こちらのジャイアントラットはそうではなさそうだ。比べてみても、先程の魔物の異常さがよく分かる。あんなにも凶暴化して活性化した悪性魔物が、近いとまでは言えないがフェロスの広さを考えたら街と近い場所にいたことは、とても危険だ。今までも大勢の人が遭遇し、犠牲になっているのかもしれない。ここで討伐できておいてよかった。
レオンさんに断って、手のひらほどの黒い水晶とラットの素材を取る。ロバートさんを背負いながらでは流石にできないので、この一瞬だけ下ろさせてもらった。
「あんたは……Aクラス冒険者なのか?」
解体を終えて洗浄魔法を使い、ロバートさんを背負いなおしている時に、レオンさんにこう問いかけられた。
「いいえ。私はついさっき、冒険者登録をしたばかりですよ」
そう言うと、彼は驚いたように目を丸くした。
「一撃で、魔物を仕留めるなんて……凄い力だ」
私は苦笑しながら、彼を支えるために隣に立つ。彼は未だ信じられないのか、じっと私の顔を見ている。私の顔を見ても、何も出てこないのに。
「さあ、早く街に戻りましょう」
「……あ、ああ」
レオンさんは曖昧に頷いた。だが、なかなか落ち着かないようだ。隣にいる者の正体がよく分からなかったら、不安になるのも当然だろう。しかし、説明できることはほとんどない。話をうまくすり替えて、彼の意識を別のところに向けさせよう。
「レオンさんは、フロンティアの騎士なのですか?」
「え、ああ。フロンティア騎士団に所属している。ロバートとは同期だ」
「そうなのですね。では、街のことにお詳しいのですか? 私、街を訪れたばかりで詳しいことはあまり知らないのですよ」
「街のことなら、知っていることも多い」
彼におすすめの店や観光地などを聞いている間に、彼の私に対する疑念を逸らすことに成功した。そうして話をしていると、無事に街までたどり着くことができた。
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