第14話 竜、暦を知る


 依頼は早く片付けるに限る。そう考え、私はフェロスを訪れた。入る時にフェロスに通じる門を警備している門番の人にギルドカードを提示する必要があった。どうやら、フェロスに入るにはいくつか規定があるらしい。それも当然だろう。戦えない者や子どもが紛れ込んだら、確実に魔物に殺されてしまうのだから。ある程度戦える者であっても死んでしまうのが、この魔の森である。


「悪性魔物、どの辺りにいるのかな」

「とりあえず、怪我人が多数発生した場所に向かってみようと思う」


 フェロスに入って人気がないところまで歩いたので、リュビアにかけている幻影魔法は解いておいた。彼女は私の隣を飛びながらついてきている。


「忘れないうちに、リュビアに暦について教えておくよ」

「それ、気になってたんだ! 水月って、響きが良いよね」

「月の名前は、王国の名称に由来しているんだ。一年の中で、天月、空月、水月、昼月、砂月、緑月、土月、雪月、星月の十か月を巡る」

「十か月で一年なんだね。わたしのところでは、十二か月で一年だったよ。一月は三十日か三十一日あって、一年は三百六十五日だった」

「こっちでも、一月は三十日だよ。一年は三百日ということになる」


 この世界とリュビアがいた世界は、かなり似ているものだと思っている。魔法や魔力のあるなしは大きな違いだが、その他の社会構造や世界の仕組みはそれといった大差はなさそうなのだ。どうしてそのような繋がりがあるのか気になるが……どこにあるかもわからない世界のことを考えるよりも、私が今生きているこの世界のことを考えるべきだろう。


「次は、歴のことだね。二百年毎に歴は変わるんだ。今が天神歴百年だということは、初めて知った」

「百年じゃなくて、二百年で変わるんだ。その歴の名前は、適当に決められているの?」

「各国の王が順に考えているよ。大まかに法則性はあるけど、それほど重要ではないかな。やっぱり、歴よりも月の方が覚えておいた方がいい。月の名前が覚えられたら、王国の名前も同時に覚えられるからね」


 通称名ではあるが、このくらいは常識として知られているのでリュビアも知っておいた方がいいだろう。リュビアが月の名前を言おうとしていたが詰まっていたので、繰り返して言う。何度か復唱していると、彼女はすらすらと言えるようになった。


「天月、空月、水月、昼月、砂月、緑月、土月、雪月、星月だね! これが国の名前になるなら、天国、空国、みたいな感じ?」

「天月だけは特別扱いなんだ。この世界には九つの国がある。空の国、水の国、昼の国、砂の国、緑の国、土の国、雪の国、星の国の九国。これは通称名だから正式名称もあるのだけど、流石に覚えられないと思うよ」

「へえ~。覚えやすい国の名前だね。それにかっこいい。じゃあ、ここはなんていう国なの?」

「フェロスはどの国にも当てはまらないんだ。私達がさっきまでいた街は、昼の国になる。正式名称は、ミディソレイユ王国」


 昼の国、ミディソレイユ王国。王族は、エルフ族。日が沈む時間が僅か五時間しかなく、一日のほとんどが昼である。常に明るく平地であり、多くの国と接しているので、交通の要所として知られている。というのが私の知る限りの情報だ。現状は知らない。


 こうしてリュビアに様々な説明を行っていると、突然引き裂くような悲鳴が響き渡った。


「わわ、悲鳴だ! 魔物の鳴き声も聞こえる」


 私よりも耳がいいリュビアは、魔力を用いなくても魔物がいることに気が付けるのか。私は悲鳴が聞こえた辺りの魔力を探ることで魔物がいることに気が付いた。他の魔力反応とは明らかに違う、重く歪んだ魔力。悪性魔力だ。


「悪性魔物だろうね。早く倒してしまおう」


 木々の間を駆け抜け、魔力反応が一段と濃い場所に向かう。悲鳴を出した人がまだ生きていたらいいのだが、確認しようにも悪性魔力のせいで魔力探知が正常に働かないのだ。これも、悪性魔力の厄介なところである。


 近づくにつれ、ずんと空気が重くなっていく。悪性魔力の影響がここまできているのだろう。体に魔力を纏わせるだけで、十分に動けるようになる。ただ、これは私のように魔力が多い者しか使えな手だ。一般の冒険者であれば対応できずに体の動きが鈍くなり、そこを魔物に襲われてしまう。


 リュビアにも同じように魔力の膜のようなものをつくり、同時に防御壁を囲むように張っておいた。彼女に悪影響が及ばないようにするためである。


「うう……なんか、変な感覚。それに、血の匂いがする……」


 リュビアが体を震わせながらそう言った。変な感覚の原因は、悪性魔力もあるだろうけど主に私の魔力のせいだろう。他人の魔力が常に自分の周りに満ちていると、落ち着かない気分になるものだ。耳に関しても思ったけど、彼女は身体機能が人よりも発達しているのかもしれない。竜だから、人よりも優れているのは当たり前のことか。


 警戒しながら進んでいると、遠目でも見えるくらい、禍々しい魔力を体から出す大型の魔物がいた。グリズリーベアだとは判断できるが、その体躯は通常のグリズリーよりも一回り大きく、全身を覆う濃密な茶色の毛皮は紫色に変色している。毛が剥げ落ちた皮膚は腐ったようにただれ、血管が黒く浮き上がっているのが見えた。その背中からは、いくつもの黒い水晶のような突起が皮膚を突き破って生え出している。悪性魔力に侵された魔物の特徴だ。そこから悪性魔力が煙のように立ち上っている。


 一人の冒険者らしき男性が魔物と対峙しているが満身創痍な様子であり、彼の背後には瀕死状態の男性が倒れている。周りには既に犠牲になってしまった人々が血を流して倒れていて、もう少し早く駆けつけることができたらと思わずにはいられなかった。リュビアが微かに息を呑む音が聞こえた。彼女には、かなり目に毒かもしれない。


 男性にリュビアの姿が見られないように幻影魔法をかけてから、魔物の気を引くために一発魔法を放った。ゆっくりと、その目が私に向けられる。両眼は血走ったような濁った赤色に染まり、狂気を宿している。鋭い牙は異常に伸びて口からはみ出し、そこからは粘り気のある黒い唾液が糸を引いていて気味が悪い。


『めっちゃ気持ち悪い! あと強そう!』


 私の背後に隠れるようにリュビアは移動した。こちらの方が、私も安心だ。魔物が標的を変えたことに気が付いた男性が驚いたように私を見ている。ちょっと手を振って、戦いに巻き込まれないように気を付けるように促しておく。


 悪性魔物は、悪性魔力が流れ込んでいる限り恐ろしい再生能力を持つ。討伐する時は、時間をかけずにすぐに片付けるに限る。

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