第19話 天使、ごはんを食べる
宿屋で二人分の部屋を借りた。部屋に入って、少年に座るよう勧める。
彼の事情を知り、今後どうするかを決めなくてはいけない。ただ彼のお腹から時折きゅるると音がしているので、まずは腹ごしらえとすることにした。今回は別の場所で食べるものを買うのではなく、せっかく道具も買ったことだから、自分で作ることにする。
食材については、フェロスを訪れた時に何体か食べられる魔物の肉を採取したり店でお肉を買ったりして、それを保存袋に入れているので、準備できている。かばんからフライパンと簡易鍋、食材を取り出して、机に並べる。
鍋に買っておいた水を入れて出汁が出るものを適当に入れ、フライパンにも肉を並べ、火を付けた。火力調整が簡単にできるこの土台も、魔導具である。値段はそこそこかかったが、魔法で調整するよりも楽だし上手に料理ができるのだ。
「完成するまでに時間がかかるから、色々お話を聞いてもいいかな?」
少年の前に座って、彼を見つめながら尋ねる。彼は小さく頷いたが、何かを気にするように私をちらちらと見る。彼の視線を辿ると、リュビアのことを見ていることに気が付いた。
「もしかして……この子のこと、変な感じに見えているの?」
曖昧な聞き方だったが、彼は頷いた。リュビアにかけている幻影魔法に違和感があって気になっていたということだろう。彼は、視える人なのかもしれない。
『わたしの正体、ばらしちゃってもいいんじゃない? この子だって、何か分からないものがいるよりかは分かった方が安心できるかもしれないじゃん』
リュビアの言う通りだ。彼の信頼を得るには、こちらから歩み寄っていかなくてはいけない。ただ、転世者であることは言わなくてもいいだろう。
私は幻影魔法を解除した。水色の小鳥姿だったリュビアが、小竜の姿に戻る。少年は目を丸くして、じっと彼女を見た。
「彼女はリュビア。竜だけど、危なくないから怖がらないで」
『わたしは怖くないよ! 優しい竜だよ!』
説明をしておいたが、彼はよく分からないとでも言うように首を傾げた。もしかしたら、彼は竜を知らないのかもしれない。それも普通に考えうることだ。怖がられるよりは、良かった。
「私は、あなたのことを知りたいんだ。……その前に、私の自己紹介をしていなかったね。私はラーシェリア。気軽にラーシェリアと呼んでね。あなたの名前を、教えてもらえるかな?」
「…………ヴィーテル」
優しく微笑むことを意識しながら笑みを浮かべると、少年は僅かに目を伏せながら、小さな声で答えてくれた。
「ヴィーテル君。教えてくれてありがとう。あなたは天使族だよね? とても綺麗な翼。ただ……翼だけじゃないけど、汚れちゃっているみたいだね。もしよかったら、洗浄魔法をかけてもいい? あなたを綺麗にするための魔法なんだ」
今彼は私のローブを着ているが、これからどうするにせよ彼の汚れは洗っておく方がいい。本来ならちゃんとしたお風呂で洗い流してあげたいところだが、初対面なので流石にそれはできない。私に対する警戒心もまだ残っているだろうし、刺激するようなことはしたくない。
彼は動揺しながらも、小さく頷いた。それを確認してから立ち上がり、彼の背にそっと手を乗せる。断ってからローブを回収して、彼にも立ってもらった。
『リュビア。火の加減を見ておいてくれる? 適当なタイミングで調味料を足してくれてもいいよ』
『りょーかい! できたら先に食べておいてもいい?』
『いいけど、この子の分は残しておいてね』
料理のことは一旦リュビアに任せて、ヴィーテル君に向き合う。肌が見えている部分で彼の汚れが多い箇所を見て、重点的に洗浄魔法をかけていく。魔力が視える人は他人の魔力に敏感なことが多いので、できるだけ刺激が少ないように魔力の量を減らしているのだ。時間は伸びるが質は変わらないので、問題はない。
翼や顔、髪などを洗浄していると、しみじみと彼が整った顔立ちであることを実感した。特にくすんでいた髪の色が明るい元の色に戻ったことが大きい。金糸のように滑らかで美しい金髪と宝石のようなサファイアブルーの瞳は、まるで人形か絵画と見まがうほどに、非人間的な美少年であることを強調している。エルフ族、妖精族、天使族の容姿が人種の中でも特に麗しいとされているが、確かにその通りなのだろう。
「これで一通りは綺麗にできたかな。頑張ったね、お疲れ様」
髪が崩れないようにそっと手を乗せて撫でる。嫌がられている様子はないので、この調子で仲良くなっていきたい。
もう一度彼を椅子に座るように促し、座り直す。
「ヴィーテル君。辛いことを聞いちゃうかもしれないけど……あなたには、帰る場所はある?」
彼に向き合い、綺麗な目を見つめながら問いかけた。親に捨てられたという彼に聞くべき質問ではないかもしれないが、もし知り合いなどがいた場合はその場所に向かうという方法もあるため、一応尋ねておきたかった。
彼は私と目を合わせたまま、首を振る。先程のように悲愴な様子はなくなっていて、何か心情が変わったのだろうか。
「これからも、あのようにあなたを一人で放置するわけにはいかない。あなたの気持ちが一番大切だけど……案としては、孤児院に入る、という方法もある」
「…………」
流石に、突然すぎたか。いきなり孤児院の話をされても、戸惑うだけかもしれない。
「ごめんね。いきなりよく分からないことを言っちゃって。……さあ、そろそろご飯ができるかな?」
『ちょうどいいタイミングだよ! ほら、お肉が美味しそうに焼けてきた。スープもいい感じ』
食欲がそそられる肉の香りがしてきて、私はそちらに目を向ける。念のために肉はひっくり返しておき、まずはスープから食べることにしよう。スープの色は濃い琥珀色をしており、湯気が立ち昇っていて温かい。
スープを口に含んで味を確かめる。塩味と肉の深いコクが口に広がった。うん、おいしい。
器にスープをよそい、ヴィーテル君の前に置く。彼は目を瞬きながら、じっとそれを見つめた。
「どうぞ。熱いから、ゆっくり飲んでね」
リュビアには小さい器にスープを入れて渡し、自分の分もよそう。彼を安心させるように微笑みかけてから、スープを喉に通らせる。熱が舌から食道へと一気に広がり、冷えた内臓を直接温めた。これなら、冷えた体を温めることもできるだろう。
ヴィーテル君の様子を確認すると、彼は器を手に持って口元に運んでいたところだった。味は大丈夫だろうかと見ていると、喉を鳴らした彼は目を輝かせて、勢いよく飲み始める。気に入ったみたいだ。
『んん! スープ、めっちゃおいしい! ねえラーシェ。お肉ももう焼けたかな?』
リュビアの言葉に肉へ目を向けた。厚みのある薄切り肉が、表面は焦げ茶色にカリッと焼き上がっている。食べやすいように切り分けると、肉汁がじわりと流れ出た。
『おいしそう! 食べていい? 食べていい?』
彼女が目をキラキラさせて私を見る。私は頷いて、彼女の前に切り分けた肉を置いた。彼女は器用にそれを食べ始める。彼女があまりにもおいしそうに食べているので気になったのか、ヴィーテル君が興味津々な様子で見ている。
「ヴィーテル君も、食べる?」
「……うん」
問いかけると、彼は頷いた。声も出してくれている。ご飯を食べたことで、元気が戻ってきたのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます