第5話
翌朝、米をとぎ終え炊飯器をセットした彼は振り返った。
部屋の隅で、彼女は静かな寝息を立てていた。
外から、野良猫の鳴き声が聞こえた。
彼が窓を開けると、野良猫は身軽に部屋の中に入って来た。
彼は、野良猫を抱き上げた。
タバコを吸いながら、彼は野良猫とたわむれた。
しばらくすると野良猫は彼女の存在に気が付き、警戒をするように前足を踏ん張っていた。
彼は野良猫を抱き、小さくつぶやいた。
「そう、目くじらをたてるな。昨日拾った女だよ」
彼の言うことがわかったのか、野良猫はおとなしくなった。
いつの間にか彼女は目を覚まし、彼の方を見つめていた。
「おはよう」
彼が言うと、彼女は慌てて飛び起きて布団を畳んだ。
彼の前で正座をして、畳の上に両手をつき深く頭を下げた。
「昨日は、ありがとうございました。布団で寝かせて頂いて、本当にすみませんでした」
布団は、一組しかなかった。
彼が強引に、彼女に布団で寝るように言ったのだった。
彼女は立ち上がると、ボストンバッグを持って部屋を出ようとした。
「何処に、行くんだ?」
彼の言葉に、彼女は立ち止まった。
「行く所、あるのかよ」
彼女は立ち止まったまま、彼の言葉を聞いていた。
「ないんだろ。だったら、此処にいろ。無理にとは言わないけど」
彼女は、ゆっくり振り返った。
膝の上に座っていた野良猫をなでながら、彼は続けた。
「詮索なんてしない。居たいだけ居ればいい。嫌なら、出ていけばいい」
部屋を出ていこうとした彼女は、深く頭を下げて言った。
「宜しくお願いします」
「よし、もう堅苦しいのはなしだ。腹減ってるだろ。たいしたもんはないが、朝飯にしよう」
簡単な朝ご飯は、あっという間に終わった。
彼が洗濯機を回している間、彼女は朝ご飯の後片付けをしていた。
洗濯機を回し終えた後、彼は野良猫とふたたびたわむれた。
洗い物を終え彼女は、彼の側に座って聞いた。
「白くて、綺麗な毛並みの猫ね。なんて名前?」
「元々野良猫で、自由気ままに此処に来るから名前なんてない」
「ないの?かわいそう」
「そうか?」
「名前、つけても良い?」
「どんな名前にする?」
彼女は、しばらく考えてから言った。
「シロ」
「シロ?ベタだな」
彼と彼女は、顔を見合わせ笑った。
「よし、今日からお前はシロだぞ」
彼はシロを抱き上げほおずりをした。
そんな彼を、彼女はやさしくみつめていた。
シロを畳の上に下ろすと、シロは窓枠に飛び乗り、あっという間に外に飛び出した。
シロがいなくなると、彼は彼女のボストンバッグに目を向けた。
「何が、入っているんだ?」
「服と化粧品。それくらいしか、持ち出せなかった」
「この部屋じゃ、置く場所がないな」
「気にしないで」
「布団も欲しいよな。今から、行くか」
彼女は、ポカンと彼を見上げていた。
「ほら、行くぞ」
彼は、彼女を促した。
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