冷徹公爵との恋
──どうしてこうなったんだろう。
由佳は頭を抱えていた。
なるべくタナトスと距離を置こうと思っていたのに、よりにもよって「二人と付き合う」なんて展開になるとは。
どんなに抗っても、物語がタナトスとの恋に絡んでいく。まるで、見えない力が筋書きを修正していくかのようだった。
柔らかな光に包まれたパシテアの寝室。由佳は一人掛けのソファに沈み込みながら、大きなため息を吐いた。
ケイオスの提案によって、パシテアはモルス家の兄弟それぞれと一日ずつ出かけることになった。
「どちらがより伴侶に相応しいか見極めよ」との、父親たちからの指示だ。
先日の一件で家同士の確執はようやく解消された。つまり今からが本格的な“恋愛ルート”の始まり。そして、由佳にとっては偽装婚約を守り抜くための試練でもあった。
──大丈夫。まだ回避できる……これは最悪の展開じゃない。
自分に言い聞かせながら、机の上の封書に目をやる。
モルス家の紋章が刻まれたその手紙は、由佳が諸々の愚痴を書いて時生へ送ったものの返信だった。
『You got this.』
たったそれだけ。
由佳は半眼になった。
“がんばれ"って……最近塾で習った英文じゃん。冗談のつもり?
もっと相談に乗ってくれたっていいのに……
由佳は唇を尖らせながらも、何もかも時生くんに頼りすぎかな、と思い直した。
同じ世界に転生したとはいえ、由佳が恋愛ルートを回避したところで時生に利はない。偽の婚約に同意はしてくれたが、きっと同じ転生者のよしみで協力してくれているだけ。
時生には時生の、この世界でやりたいことがあるのかもしれない。
「一人でできることはなるべく私だけでやっていかなきゃ」
気を引き締めて、 由佳は間近に迫ったタナトスとのデートの対策を立てることにした。目標はただ一つ、無事に一日を終えること。
・吐かないこと
・気分が悪くなったら距離を保つこと
書き出してみたものの、思いついたのはこれだけ。心もとないが、他に良い案も思いつかない。
「……気が重いなぁ」
穏便に一日を終えられれば及第点。
由佳は自分にそう言い聞かせた。
*
「お待たせいたしました、侯爵様」
人気のない公園の片隅。由佳は緊張を押し殺して、丁寧な所作で一礼した。見様見真似だけど、タナトスにどう映ったかは分からない。
タナトスはすぐに気づき、ゆるやかに微笑んだ。その表情は、柔らかく、優しさすら宿している。
──タナトスって冷徹侯爵って設定だったのに、パシテア目線だと全然そんな風に見えないんだな。
「パシテア嬢。このようにお会いできて、心より嬉しく思います」
由佳がぼんやり考えていると、タナトスは恭しく挨拶を返した。その声音は低く響き、静かな水面のように澄んでいた。切れのある目を細めて破願する。
由佳は初めてタナトスの顔を冷静に見てみた。
改めて見ると、本当に綺麗な顔。煌めく銀髪に宝石のような輝く瞳。彼が微笑むだけで、夜空の星々が煌めく様を思わせた。
「……よろしくお願いします」
由佳がぎこちなく返すと、タナトスはパシテアの手を握った。
冷たい指先。硬質な温度。由佳の心臓が跳ね上がる。
「お連れしたいところがございます。どうぞ、俺についてきて」
タナトスはパシテアの手を取ってエスコートする。由佳は苦笑いを浮かべて頷いた。二人は歩幅を合わせて歩き出す。由佳の額には、汗がにじんでいた。
──耐えろ、私。
彼の手の温度が少しずつ伝わってくる。
唇を嚙みながら、由佳はタナトスと手をつないだ。
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