【閑話】ある王子の恋物語1
「本当に私でいいのか?」
そう尋ねるとロレッタは小さく頷いた。
私は彼女の前に跪いて、彼女の手を両手で握りしめた。
それをそっと、自分の額に当てる。
「国王にならない私だが、必ず君のことは幸せにする。そう誓わせてくれ」
王位継承者の男児は四人いる。
第一夫人の息子である兄と私。
第一王子と第四王子だ。
次に第二夫人の産んだ第二王子。
そして、国王が最も寵愛した第三夫人の息子である第三王子。
もちろん長子が有利ではあったが、王子達の年齢は近く、誰にでもチャンスがあった。
しかし、優秀だった第一王子である兄に誰も敵うはずもない。
ましてや第四王子である私に王位継承の芽などあるはずもないと思っていた。
王位継承争いが苛烈となったのは、第一王子の兄が突然他国の王女と婚姻を結んだその直後。
王位継承争いから身を引いたことがきっかけだった。
側近達は王座を得よと私を駆り立てる。
私も努力はした。
しかし他の王子を推す貴族達から、大小さまざまな嫌がらせを受ける中で、歳が近い第三王子からの攻撃は特に苛烈を極めた。
私に与する公爵家の貴族から、婚約者を権力で奪い去るという暴挙は、私の至らなさを決定づける出来事だった。
そんな中、第一王子に与していたカランセベシュ家の娘が第二王子と婚約を結んだことで、王位継承は第二王子に大きく有利に傾く。
ようやくこの王位継承の争いが終わる。
悔しさより先に、私は胸を撫で下ろした。
その時──私は王座になんて座りたくないという自分の想いに気づいてしまった。
陰謀や策略を張り巡らせ、相手を陥れる。それが私は得意ではない。
だからこそ、一方的に第三王子から攻撃を受けていたのだろうが、向いていないものは向いていない。
私は国を率いるよりも誰かを支える方が、元来向いている性質なのだ。
でも人生とは上手くいかない。
未来の国王である第二王子を支えよう、と私が舵を切った矢先──
王宮で開かれた夜会で、突然第二王子がカランセベシュ家の娘に婚約破棄を言い渡し、男爵令嬢を選ぶというとんでもない事件が起こった。
そして、王位継承における有力貴族の一つであったカランセベシュ家の娘は、その場で求婚して来た隣国の王子と婚約を結んでしまう。
婚姻で家同士の繋がりを作ることは貴族の基本中の基本だ。
しかし、カランセベシュ家にもう娘はいない。
第二王子が今後どれほど優秀だったとしても、アークレイ公爵は自身の妹に婚約破棄を言い渡した第二王子を王座に座らせることはないだろう。
――となれば、第三王子か第四王子である私が再び王座を巡り争うことになる。
冷たい汗が背筋を伝った。
もう嫌だ。争いたくない。
私は必死の思いで、ロレッタ侯爵令嬢を婚約者に選んだ。
彼女の家は侯爵家でありながらも、王位に私を押し上げる力はない。
彼女との婚約は、王位継承争いからの離脱を示していた。
ロレッタや彼女の実家である侯爵家は、そんな私の婚約打診を静かに受け入れてくれた。
彼女とて愚かではない。
彼女は自分との婚約が王位継承を投げ捨てる行為だと正確に理解していた。
そのために、私が敢えて彼女を選んだということも……もちろん理解していた。
「コンラッド様が私で良いと仰るのでしたら、私はこの婚約を喜んで受け入れさせていただきます」
理解していて、こう言ったのだ。
彼女の優しい言葉が心に染み渡る。
周囲の誰もが、王位を投げて良いなんて私に言わなかった。
逃げていいなんて……私に言わなかった。
私はこの心優しいロレッタを幸せにしたい。
国王の妻ではなく、私の妻で幸せだと彼女が心からそう思ってくれるような夫になりたい。
彼女の温かな手を握りしめた私は、そう彼女に誓いを立てた。
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