第14話 セレスティナの代わりに鉄槌を



「ではこちらが会場の地図になります」


 今回の狩猟大会の会場である森の地図を、部屋の中央にある大きなテーブルに広げた。

 

 急遽手配した会議室。

 私を取り囲むのは、手駒として引き入れたエイブラハムとネイト。

 そして私に個人的な借りがある貴族と、コンラッド王子、コンラッド王子に与する取り巻きの貴族達だ。


 手駒の数で、私は第三王子を凌いだことになる。


 コンラッド王子は今回のブラッドフォード王子の策謀について何も知らなかった。

 挨拶する貴族達に紛れ伝えると、彼は一瞬にして顔色を失い私を問い詰めたのだ。

 

 それも当然だろう。

 ロレッタ侯爵令嬢の家は侯爵という地位ではあるものの、第四王子であるコンラッド王子を王位に押し上げるには些か力不足だ。

 

 彼女と婚約を交わしたとしても、コンラッド王子が王位に近づくことはない。

 

 ロレッタ侯爵令嬢との婚約は、王位継承のリタイヤ宣言とも言える行為なのである。


 コンラッド王子──彼の人柄や力量を考えると、時に冷徹な判断も強いられる国王は向いていない、と私も思っていた。


 それを彼もあの苛烈な王位争いで痛感したのだろう。

 『国王』となるよりも『国王を支える臣下』を選ぶという冷静な自己判断は好ましく思う。


 ではブラッドフォード王子がロレッタ侯爵令嬢を狙う意図とは何なのか。


 簡単だ。

 彼はコンラッド王子を徹底的に潰す気なのだ。


 コンラッド王子と関わりを持つ貴族達を片っ端から傷つけ、コンラッド王子を孤立させるのが狙い。


 おそらく、ブラッドフォード王子はロレッタ侯爵令嬢を手に入れ、すぐにまた捨てるだろう。


 ロレッタ侯爵令嬢に残るのは、王子に婚約破棄を言い渡されたという事実だけだ。

 彼女を守れなかったコンラッド王子は、ロレッタ侯爵令嬢の実家と確執ができる。


 権力を使った効率のいい謀略だ。


 しかし、この悪辣な手は権力者が簡単に使うべきではないのだ。


 王子に婚約破棄を言い渡されたとなると、その令嬢の未来はいとも簡単に閉ざされてしまう。

 妹の時の様な幸運なんて早々起こるものではない。


 もし、同じことがセレスティナに起こったら?


 第三王子の性格と、私の公爵という立場を考えればありえない話ではなかった。


 ――だからこそ。ここで彼は潰させてもらう。



 私は急遽用意した音色がわずかに違う五種類の笛を、それぞれに配った。

 

「価値の高い獲物や強い獲物は、狩猟大会の開始に伴い森の外側から放たれる。外側から森の中央付近に向かうようにと敢えて仕向けられるのだ」


 私はペンで地図上にある森の外側に数カ所の点をつけた。その点から矢印を伸ばし中央へと走らせ、ぐるりと丸を描く。


「自然と中央には強い獲物が集まるようにできている。そのため、第三王子が狩りをするのは中心付近だろう」


 一人で狩ることができないような難しい獲物は下位の貴族に見逃されがちだ。


 なら闇雲に動き珍しい獲物を探すより、中央にくる強い獲物を数で圧倒して倒していった方が効率がいい。


「だが……私達は彼らより数がいる。だからこのように陣形を配置する」


 私は地図の中央を包囲するように、針のついたピンを止めていった。


「外側から中央へ向かう獲物を、こちらで先に狩ってしまうんだ。そうすれば、第三王子のところへ獲物が来ないことになる」


 息を呑んだコンラッド王子は「そうか!」と感嘆の声を漏らし、会議室にいる人数を見回した。


 獲物を得ながら、ブラッドフォード王子を妨害する。

 人数がいるからこそ可能な策だ。

 

「ただ、もちろんそれには強い獲物とも対峙しなくてはならない。そこで……一人での対応が難しい時は“笛”を吹け」


 全員が手元にある笛に視線を落としたのを確認して言葉を続けた。


「同じ音色の笛を持つ者は、距離が近いよう配置してある。自分と同じ笛の音色が聞こえたら、手の空いている者は救援に向かうのだ。そうすれば複数人で獲物を得ることができる」


 異論を差し挟む余地のない完璧な作戦。

 室内には感服の混じった声が広がった。


 私は笛の色に合わせて、手早く配置を伝えていく。


 私とネイトを含む、腕に覚えがある数人は遊撃隊だ。

 円の内側から味方が漏らした獲物を狩りつつ、笛の音が聞こえたら真っ先にその場へ急行する。


 一匹とて逃すつもりはない。

 狩猟会場の真ん中で、来ない獲物を永久に待ち続けるがいい!ブラッドフォード王子!



 そして──私は森の中を駆けた。


 公爵という地位の人間が、森の中で汗と草と土に塗れながら獲物を求めて走り回るなど、誰が想像しただろうか。


 そこには優雅さなどかけらもなかった。


 笛が聞こえれば全速力で向かう。

 的確に急所を打ち抜き、その場にいる者に獲物を預け、また別の場所へ。


 終了の合図が鳴るまで、ただ機械的に、闇雲に獲物を狩り続ける。


 全く貴族らしくない今の私を、セレスティナはどう思うだろうか。

 彼女は第三王子が優勝を逃すことが目的だった。だからここまでの大事になる事を望んでいないかもしれない。


 しかし、今となってはただ勝つだけじゃダメなのだ。


 第三王子への明らかな妨害行為。それは第三王子への敵対勢力として名乗りを上げるという事。

 中途半端な妨害行為は、今後報復を受ける可能性がある。


 だからこそ――。


 性根の腐ったブラッドフォード王子を陥れるための勢力がこれほどあるということを、この狩猟大会で彼に徹底的に教え込む。

 

 私には敵わないのだという力量の違いを見せつけ、セレスティナの身を、愚かな権力者から守るのだ。



♦︎ ♦︎ ♦︎



 足が棒の様に動かなくなった頃、ようやく終了の鐘の音が聞こえた。


 森の中で足を引き摺りながら、令嬢達が待つ広場へと向かう。

 

 私が到着する頃には、狩られた獲物達が会場へと運び込まれ、名前が書かれた木札の前に振り分けられている所だった。

 

 会場を見渡し、優雅にお茶を楽しむ令嬢達の中からセレスティナを探した。


 彼女はロレッタ侯爵令嬢と同じテーブルにいたようだ。

 そして私を見つけると笑顔で手を振った。


 そう──セレスティナが私を見つけて手を振ったのだ。


 あの輝く笑顔は、彼女の目的が達成されたことを意味している。


 私はどさりと草の上に腰を落とした。


 本当は駆け寄りたいが、汗と土に塗れた姿を近くで見られたくない。

 会場の隅で獲物が振り分けられているところに目をやると、私が圧倒的な数を誇っていた。

 

 この私が全力で走り回ったのだ。

 当たり前の結果である。


 ただ……このままの姿で壇上になど上がれるか。


 「あー……替えの服を持ってきておくべきだった」


 まさか、公爵にも変えの服が必要になることがあるなんて思わなかった。

 

 セレスティナはいつも正しい。

 思わず私は声を出して笑った。



 


♢──♢──♢



お読みいただきありがとうございます。

アークレイのカッコ良さ。伝わってたら嬉しいです!


次はコンラッド王子視点の恋物語。

物語の裏側をお楽しみください。 

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