裏切られた引退英雄は聖女を拾う。さぁ、一緒にクソ王国を潰しに行こう~
黒野マル
第1話 聖女を拾った夜
親友を殺してからどれくらい経ったのか、彼はもう覚えていない。
すべてを失った。父も、母も、親友も、仲間も、名誉も、ちっぽけな誇りも。
すべてが灰燼に帰して、空っぽの彼はぶらつきながら歩いている。
視界が定まらない。魔力を汲み上げれば酔いなんてすぐに覚めるだろうけど、素面に戻りたくはなかった。
頭が痛くて、足元がぶらつく苦痛の方が、悪夢に塗れた現実よりよっぽど気持ちいい。ふうと息を吐いて空を見上げる。
雪を降らしている空は曇っていて、昔の思い出が反芻される。
心から信頼した仲間たちと一緒にいた夜、真冬の雪空の下で俺たちは約束をした。
絶対に生きて帰ろうと。そして、4人で互いの幸せを祝福しようと……。
何を望んでいたのだろう。呪われた自分の運命が、都合のいいように動くはずがないと分かっていたのに。
しばらく立ちすくんで、彼はゆっくりと歩き出す。
虚無の海。憂鬱の沼。血塗れの体。彼は、自分に未来を見せてくれた親友を手にかけた罪人だった。
お前には生きる理由がない。生きる資格もない。死んだ方がいいのではないか?
親友に教わった幸せという概念を、実現できるとも思えない。そんな時。
人生でもっとも絶望的な憂鬱に溺れていた時、彼は少女に出会った。
「……」
雪が積もっている道端に倒れて、死にかけている少女。自分と同じく、生きようとする意志を全く宿していない虚ろな瞳。
それを見て、彼は引き寄せられるように少女に近づいて、見つめた。
「おね、がい」
そして、全身を震わせている少女のか細い声に、彼の目が見開かれる。
「私を、死なせて……」
こんなにも小さな少女が言うには、あまりにも残酷すぎる言葉。
鬱の沼に浸っていた彼は、静かに少女の顔を見つめる。その顔にはウソがなかった。本当に死にたがっていることが分かる。
ため息をついて、空を見上げる。雪は人を凍らせる柔らかな拷問になっていた。
「俺は生きることが苦痛だと思ってる」
彼はもう一度ため息をつく。
「だから、君の願いを叶えてあげるべきかもしれない。しかし、そうもいかないだろう」
白い息が散るも前に、彼はゆっくりと少女の方に手を添える。
驚くほど適切でまとまった魔力は、少女の体に染み込んで熱と化す。
「どう、して……?」
「………」
「………なん、で?」
「今は引退したけど、俺の役目は人を守ることだったんだ」
少女の目から、絶望と悲しみが滲んだ涙がこぼれる。
それをあやすように、彼はもう一度言う。
「責任は取る」
「……」
「君がちゃんと成長するまで、できる限りのことをやり尽くそう。その後は、好きに生きて行くといい」
「あな、たは……」
その言葉を最後に、少女の意識が途切れた。
何日も食べなかった肉体と、ショックを受けた精神の合作だった。彼は少女をお姫様抱っこで抱き上げ、もう一度空を見上げる。
雪はもう静かな拷問ではなく、思い出を飾る風景に変わっていた。
「……ふぅ」
この時の彼―――ジンハート・ノクターンは想像もしていなかった。
この懐の中にいる少女が、4年後に聖女として選ばれ。
自分に最大限の祝福と幸せを贈ってくれる、未来の花嫁になるとは微塵も思っていなかったのだ。
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