第27話【がんばる紗子ちゃん】

 ある日の1年生の教室。この日も達也たつやの課題だった。課題を必死にこなす紗子さえこ貴弥たかやをジト目で見る男子。そして静かに手を挙げる。


達也

「ん?なんだ?」


男子生徒①

「…先生。一ノ瀬いちのせさんと一柳いちやなぎがお揃いのシャーペン使ってるんです。なんとか言ってやってください。うらやまし過ぎます」


達也

「…何言ってんだお前」


 ちょっと静かになった後、猛烈な抗議の嵐が起こった。


男子生徒②

「ウオオオオアアアア\( 'ω')/アアアアアッッッッ!!!!! 一柳ィ!!どういうことだァ!!説明しろぉぉぉぉ!!!!」


男子生徒③

「一ノ瀬さんかわいいシャーペンですねぇ!!それはいったいどうしたんですかぁ!?」


紗子

「え?え?あの…貴弥に、もらいました///」


男子達

「「「「一柳ぃぃぃぃ!!!!!」」」」


貴弥

「な、なんだよ!?;;;」


男子生徒①

「仲良いなぁ!?とは思ってたけどぉぉぉぉ!!!!お前ぇぇぇ!!!!」。・゚・(*ノД`*)・゚・。


男子生徒②

「ちくしょう!!!貴重な女の子が!!!」(> <。)


達也

「じゃあなんで丘高うちに来たんだよ。安生あき高とか行けば良かっただろ。ここは去年まで男子校だぞ」(。´-д-)


男子生徒②

「成績が足りなかったんだよぉぉぉぉぉ…!!」.˚‧º·(´ฅдฅ`)‧º·˚.


達也

「じゃあその辺で引っ掛けて来いよ」


男子生徒①

「藤澤レベルじゃないと女の子は相手にしてくれない…あと、声をかける勇気も無い…|||」


佑真ゆうま

「俺を巻き込むなよ;;;」


達也

「じゃあ潔く諦めろー。ていうかこないだのバラの夢で見ただろ?一柳と一ノ瀬がデキてんのは」


男子生徒②

「このハイスペック野郎がよぉ…」


佑真

「勉強と運動は努力である程度どうにかなるだろ」


貴弥

「ならねぇよ…(白目)」


佑真

「おぉんw」


男子生徒③

「一柳だってバラの夢ランキングに入ってんの知ってんだかんな!?」


貴弥

「だからなんだよ;;;」


蝶子ちょうこ

「ちょっと。騒がしいわよ。集中出来ないじゃない」


男子達

「「「「ごめんなさい…」」」」


佑真

「俺終わっりー。貴弥と将也まさやは今どの辺?教えるよ」


貴弥

「……ぜんっぜん、進んでない…(白目)」


将也

「オレも…(白目)」


佑真

「ん。じゃあ最初からやろっか」


男子生徒①

「オレにも教えてくれよぉ…」


佑真

「え〜?席遠いからなぁ」


男子生徒①

「教えてください…」


 そんなやり取りをしていると、あちらこちらから自分も自分もという声が漏れ始めた。


佑真

「もぉ〜。達也さんの仕事でしょぉ?ちゃんとしてぇ???」


達也

「∑(; ・`д・´)」


佑真

「なにその顔w 腹立つw」


蝶子

「いい加減にしないと、清花さやか姉さまに言いつけるわよ」


達也

「それは困る。こないだもしこたま小言言われたんだよなぁ。どれ、じゃあたまには先生しますか」ヨッコラセ


蝶子

「いつも先生してください」


達也

「えー…めんどくせぇ…」


 ぶつぶつ言いながらも達也は教室を見て回った。意外にも丁寧に教えてくれる。びっくり。普段からこう真面目にして欲しいと全員が思った。



◈◈◈



 放課後の部室。この日は夏に向けての新メニューのアイデア出しと、次のイベントのアイデア出しをやっていた。イベントの方は茉莉愛まりあが聴き取りをしたものを元になんとなく方向は決まりかけていた。ふと、メニューは毎年お馴染みのやつでいいか、なんて話をしていたかなで八雲やくものところに紗子がそわそわしながらやって来る。


紗子

「あの、あおい先輩っ」


「うん?」


紗子

「あの、ですね…えっと…」


「どうしたの?」


紗子

「あぁ、と…あの、お店でですね…?」


「うん」


紗子

「お店でっ、め、メイド服が、着たいな、なんて…思って…///」


「おぉ!いいんじゃない?着なよ着なよ!」


紗子

「わ!いいんですか!?///」


「うん。いいよ。ね?やっちゃん」


八雲

「えぇ。良いと思いますよ」


紗子

「やったぁ!!///」


佑真

「なになに?紗子ちゃんメイド服着るの?」


紗子

「うん!わたしもああいうかわいい服着てみたくて!///」


佑真

「いいね!ちょu」


蝶子

「私は着ないわよ」バッサリ


佑真

「まだなにも言ってないよ…」


蝶子

「着ないわよ?」


佑真

「わかったよ…諦めるよ…;;;」


紗子

「わぁ!どんなのにしようかなぁ〜!///」ワクワク


 早速スマホでメイド服を検索する。


蝶子

「また茉莉愛に頼んでみたらどう?喜ぶわよ?」


紗子

「え?そうかな?でも大変じゃないかな?またイベントもあるし…」


蝶子

「訊くだけ訊いてみたら?」


紗子

「…うん!LIMEしてみる!」


 メッセージを送ると物凄い速さで返事が返ってきた。文面を見る限り大喜びのようだった。すぐにどんなイメージが良いかとかのやり取りをする。


紗子

「…やっぱり作ってもらってばっかりじゃダメな気がする…なにかお礼しないと…」ウーン…


八雲

「でしたら、材料費をお返しするのはするとして、既製品と同じ程度の品物代を支払ってはどうですか?」


紗子

「あ!そうですね!ちゃんとしないとですよね!」


あ、でもお金足りるかな?いくらぐらいするんだろう?


黒崎くろさき茉莉愛〕

[費用はだいたい8,000円ぐらいです。布をもう少し安い物に変えることもできます!]


紗子

(そんなに高くない、かな?わたしの貯金でも足りる!///)


―ピコン。


〔黒崎茉莉愛〕

[あの、よかったら一緒に材料を買いに行きませんか?]


紗子

「!?わ、わ、いいの!?///」


蝶子

「どうしたの?」


紗子

「マリアちゃんがいっしょに材料買いに行こうって!///」


蝶子

「あら、良かったじゃない。行ってらっしゃいよ」


紗子

「あ、でも、どうしよう…マリアちゃんってそんなかんたんに会えるのかな?お嬢様だよね…それにどうやって行こう…」


蝶子

「大丈夫よ。普通に会う約束をすれば良いのよ。行くのは電車だけれど、あなた大丈夫?」


紗子

「う…ちょっと、心配…」


貴弥

「行き帰りだけついてってやるよ。買い物してる間はオレその辺ぶらぶらしてるし」


紗子

「え!?悪いよ!貴弥だって予定あるでしょ?」


貴弥

「大丈夫だよ。今までだってそうだったろ?オレのことは気にすんな!マリアちゃんと楽しんでこいよ!せっかく仲良くなったんだから、な?」


佑真

「貴弥はホント紗子ちゃん大好きだよな」


貴弥

「悪いかよ。お前だって相楽さがらのことなら優先するだろ?」


佑真

「まぁね!」


紗子

「…ほんとにいいの?貴弥…」


貴弥

「いいぜ」


紗子

「ありがとう///」


「横浜…横浜かぁ。良いなぁ。俺も横浜にしようかな?」


八雲

「何か買い物でも?」


「うん!そう!ご褒美!」


佑真

「ご褒美?もしかしてこないだの武芸会ですか?」


「そうそう。優勝したら俺が選んだ服を深優みゆうちゃんに着てもらうって約束してたんだ」


すぐる

「…そんな事でやる気出したのかよ」


「そんなことじゃないよ!いいでしょ!俺好みの服を着てくれるんだよ!?」


「あぁそうかよ…。あいつを嫌な目に遭わせなければなんでもしろよ」チッ


こいつ、俺が何言ってものらりくらりで本気どころかその気にもならねぇくせに…。クソ…。


「大丈夫よ。俺ついてるし。絶対嫌な目に遭わせないよ」


「…ならいいけどな」


 この日の部活もこうしてまったりと終わった。



◈◈◈



 数日後―。

 今日は茉莉愛と買い物に行く約束をした日だ。貴弥と一緒に電車に乗って横浜へ行く。到着して人の多さに少し頭がくらくらしたが、なんとか踏ん張って待ち合わせの場所へと行く。


紗子

「あ!マリアちゃん!///」


茉莉愛

「紗子さん!おはようございます!///」


紗子

「おはよー!待たせちゃったかな?」


茉莉愛

「そんな事ないですよ!真田さなださんありがとうございます!いってきますね!」


綾一りょういち

「はい。ではまたご連絡くださいませ」


貴弥

「じゃあオレも行くかな」


紗子

「あ、貴弥…あの…」


貴弥

「なんだ?」


紗子

「えぇと…」


貴弥

「人が多くてしんどいか?」


紗子

「…うん」


貴弥

「あー…マリアちゃん、オレも買い物ついてっていいかな?荷物とか持つし」


茉莉愛

「わたしからもお願いします。実はわたしも人混みがダメで…だから、さっきも真田さんに一緒に待っていてもらったんです」


貴弥

「そっか。なんか似てるなふたり」


紗子

「え!?全然だよ!わたしマリアちゃんみたいにかわいくないもん!」


貴弥

「なに言ってんだお前?」


紗子

「え?違った?」


貴弥

「ちがう。お前は、か、かわいいよ…///」カァァ…


紗子

「!?///」


茉莉愛

「はい!紗子さんとっても可愛いです!」


紗子

「マリアちゃんまで!?もう…ありがと///」


茉莉愛

「じゃあ行きましょうか」


紗子

「うん!」


【ユザワニャ】


 たくさんの素材の中を歩いているのはなんだかとてもわくわくして楽しかった。茉莉愛に案内されてメイド服に必要な材料を選んでいく。


茉莉愛

「色はどうしますか?黒ならこの辺りの生地がそうです」


紗子

「うん!黒がいいな。あんまりペラペラじゃないやつがいいなぁ。やっぱり高い?」


茉莉愛

「物にもよりますが、このぐらいの生地だとだいたいこのぐらいの値段ですね」


紗子

「全部でどれぐらい必要なの?」


茉莉愛

「そうですね、この生地だと金額にして8,000円ぐらいになります」


紗子

「うーん…ちょっときびしいかなぁ…」


茉莉愛

「あの、材料費ですが、一括じゃなくてもいいです。立て替えますからゆっくり返してくれれば大丈夫です。材料費を払ってくれるという紗子さんの気持ちは受け取りたいですが、どうせなら思いきり気に入ってもらえる1着が作りたいので、妥協しないでいきましょう!…とは言っても無理にとは言いませんが」


紗子

「ま、マリアちゃん。でも、それじゃあ…」


茉莉愛

「良いんです!既製品じゃなくてわたしを選んでもらえたのがすごく嬉しいんです!このぐらいはさせてください!///」


紗子

「マリアちゃん…ありがとう!わたしもとびっきりかわいいメイド服作ってほしいよ!」


茉莉愛

「はい!頑張ります!じゃあ生地を選びましょう!」


紗子

「やっぱり生地はこれがいいなぁ」


茉莉愛

「はい。これですね。店員さん呼んできます」


 そうして必要な材料を買って、喫茶店へ寄ってのんびりしてから黒崎邸でさっそく作業する事になり移動をする。茉莉愛の作業部屋に紗子と茉莉愛が入って、貴弥はリビングで待つ事になった。


綾一

「待ってる間にゲームでもいかがです?一緒にやりませんか?」


貴弥

「え、いいんですか?」


綾一

「えぇ。私も丁度手が空きましたので。良ければ私の部屋で」


貴弥

「やりたいです!」


綾一

「では、こちらへどうぞ。ご案内します」


【茉莉愛の作業部屋】


 茉莉愛と話しながら作業しているのをちょっと遠目に見る。テキパキと作業しているのを見ると本当に好きなんだなと思えた。


紗子

「マリアちゃんももう立派なカフェ部部員だよね」


茉莉愛

「ありがとうございます!来年はちゃんとカフェ部に入部しますよ!」


紗子

「え?」


茉莉愛

「わたし中学卒業したら、今の学校やめるんです。それで相楽のおうちに居候させてもらいながら、皆さんと同じ学校に通うんです!///」


紗子

「え?学校やめちゃうの?」


茉莉愛

「はい。…実はわたし周りの子達からあまり良く思われてなくて…もう、ツラくて…なんでもないフリしてるの…」


紗子

「マリアちゃん…。でもでも来年からは同じ学校なんだね!」


茉莉愛

「はい!///」


紗子

「わぁ!楽しみだね!待ってるね!」


茉莉愛

「わたしも楽しみです!///」


 そう言って笑う茉莉愛はどこかはにかんでいるようにも見えた。とにかく嬉しそうだった。


紗子

「…ねぇ、マリアちゃん。もしかして、好きな人がいたりする?」


茉莉愛

「!え、と…はい…///」


紗子

「どんな人なの!?///」


茉莉愛

「歳上の方なんです。お仕事してる姿がかっこよくて…笑うとちょっと可愛くて…///」


紗子

「へぇ〜!その人って蝶子ちゃんのおうちの人?」


茉莉愛

「そうなんです…/// …でも、たぶん…相手にされてないです…わたしまだ子供ですし…」


紗子

「う〜!誰だろう?気になる〜!でもその人ももしかしたらマリアちゃんのこと好きかもしれないよ?一生懸命隠してるのかも」


茉莉愛

「そうでしょうか?そうだと嬉しいです…///」


紗子

神崎かんざき先輩と葵先輩はちがうかな?うーん…八雲さんとか松岡まつおかさん?すばるさん…は、結婚してるし…校長先生?)


茉莉愛

「∑あ!予想しないでくださいね!恥ずかしいので///」


紗子

「えへへ。ごめんね。気になっちゃって」


茉莉愛

「そういえば紗子さんはいつから一柳さんと付き合ってるんですか?すごく仲が良くてうらやましいです!」


紗子

「!?あ、あの、まだ付き合ってなくて…その、なんか…あの!!す、好きとは言った…あれ、言ってないっけ!?あれ!?///」:( ;˙꒳˙;):


茉莉愛

「ご、ごめんなさいっ。そうだったんですね」


紗子

「う、ううんっ。大丈夫っ。……やっぱり、待ってるだけじゃ…だめなのかな…」


茉莉愛

「紗子さん?」


紗子

「…いつも優しくしてくれて、守ってくれて、わたしのわがままにも付き合ってくれて…してもらってばっかりだな、わたし…」


茉莉愛

「…日頃の感謝をこめてなにかお返しをする、とか?」


紗子

「でも、なにしたらいいのかな?」


茉莉愛

「そうですね…あ!では、今からクッキー作りませんか?材料は確か揃ってるので!気持ちをこめて渡してみてはどうですか?」


紗子

「え?え?いいの、かな?」


茉莉愛

「大丈夫です!メイドさんに話して準備してもらいますね!ちょっと待っていてください」


 駆け足で出て行く茉莉愛。ひとりになって貴弥の事を考える。強くなったら迎えに来てくれると言った。でも、それじゃあまた貴弥に甘えてるだけのような気がした。一緒に居ることに慣れ過ぎてしまっていたのかもしれない。


紗子

(わたしも、がんばらなくちゃだめだよね)


―ガチャ。


茉莉愛

「紗子さん準備できました!このエプロンを使ってください。美味しいクッキー作りましょうね!」


紗子

「うん!///」


 一緒にキッチンへ移動をしてクッキーを作り始める。お菓子作りはそんなに得意では無い茉莉愛は紗子に教えてもらいながら作業をした。クッキーを作っている間もたくさん色んな話をした。とても楽しかった。クッキーも完成して、綺麗にラッピングして、残った分を食べながらお茶をする。やがてそろそろ帰る時間になり、支度をしていると茉莉愛が可愛らしいラッピングのクッキーを渡してきた。


茉莉愛

「あの、これ、わたしからって蝶子お姉さんに渡してもらえますか?」


紗子

「うん!いいよ!大事に持って帰るね!」


茉莉愛

「ありがとうございます。えぇと、一柳さんは…」


メイドさん

「お連れの方なら今、真田の部屋にいらっしゃったかと」


茉莉愛

「そうですか。では、お迎えに行きましょう」


紗子

「うん!」


【綾一の部屋】


貴弥

「えぇ!?また負けたぁ!!真田さん強くないですか?このゲーム」


綾一

「これは結構やり込んでるからね。よく耀脩ようすけとやっちゃんとオンライン対戦してるんだよ」


貴弥

「え!八雲さんもゲームするんですか!?意外だ」


綾一

「するする。でもあんまり上手くないんだよね」


貴弥

「へぇー!そうなんすね」


―コンコン。


綾一

「はい。どうぞ」


茉莉愛

「あら、ゲームしていたんですか?真田さんは強かったでしょう。わたしも全然勝てなくて」クスクス


貴弥

「うん。オレも全然勝てなかったよ」


茉莉愛

「真田さんゲーム大好きですからね。真田さん、そろそろ紗子さんと一柳さんが帰られるので駅まで車お願いします」


綾一

「かしこまりました。只今ご用意を」


貴弥

「あ、ゲームこのままでいいんすか?」


綾一

「そのままで大丈夫ですよ。では、失礼します」


 綾一の部屋には古い物から最新の物まで色んなゲーム機が揃っていた。本当に好きなんだなという部屋だった。何やら派手なパソコンもめちゃくちゃデカいモニターが置いてある。いわゆるゲーミングPCというやつだろうか。貴弥はまた機会があったらゲームを色々教えてもらおうと思った。綾一の支度が済み横浜駅まで向かう。


茉莉愛

「今日はありがとうございました。帰り道気をつけて帰ってくださいね」


紗子

「わたしのほうこそありがとう!誘ってもらえて嬉しかったよ!///」


貴弥

「今日はありがとねマリアちゃん。じゃあそろそろ電車も来るし行くか」


茉莉愛

「いえ。こちらこそ。ではまた!」


紗子

「またねー!///」


 茉莉愛と綾一に見送られて紗子と貴弥は駅に入る。紗子は少しドキドキしていた。クッキーをいつどうやって渡そうか悩んでいた。七瀬ななせに帰って来て、やがて紗子の家に着く。


紗子

「貴弥、これ」


貴弥

「ん?くれるんか?」


紗子

「うん。マリアちゃんといっしょに作ったの。いつもわたしに付き合ってくれるお礼なの。もらってくれる?」


貴弥

「もちろん!サンキュー」


紗子

「あ、のね…っ。あの、貴弥…っ」


貴弥

「?どうした」


紗子

「…っ」


 心臓が爆発するんじゃないかというぐらい激しくなって息が苦しくなる。ぎゅっと手を握り、言葉を紡ごうとするが上手く声に出せなくて口をはくはくさせてしまう。それでも言わなきゃという気持ちが強くてもう一度貴弥を見る。


貴弥

「?」


紗子

「あ、あの…ねっ。わたし、貴弥のこと…っ。だ、大好きでっ、わたしのわがまま、聞いてくれるかな…っ」


貴弥

「お、おう/// なんだよ///」ドキドキドキ…


紗子

「わ、わたしの、王子様になって、くださいっ!!///」


貴弥

「っそ、れは、あの、あの時!…あー…ちゃんと言わなかったか…そっか。オレはっ、もう、お前の…お、王子様のつもり…で、居たんだけど。ごめん。あれじゃあわかんないよな」


紗子

「え…?あの時?」


貴弥

「バラの夢に写真、撮られただろ/// その、キっキスした時…///」ゴニョゴニョ…


紗子

「!!/// あ、あの時…///」カァァ…


貴弥

「思い出したかよ…/// まぁ、ちゃんとしなかったオレが悪い。えっと、じゃあ、ちゃんと言うぞ」


紗子

「!!っは、はい///」


貴弥

「まだ、強くはなってないけど、オレをサエの王子様にしてくれませんか?///」


紗子

「っはい!///…わたしっ、よかったぁ…」


貴弥

「な、なんだよ。泣くなよ」


紗子

「た、貴弥…お店でも人気で…っ遠くに行っちゃう気がして…わ、わたし…っ心配で…っ」


貴弥

「そんなことねぇよ;;;」


紗子

「あるのっ」


貴弥

「悪かった。でも、オレは昔からずっとサエのことだけが好きだぞ///」


紗子

「わたしも、ずっと貴弥が好きだよ!///」


貴弥

「ありがと。…え、と…じゃあ、これからもよろしくな!///」


紗子

「うんっ///」


―ガチャ。


紗子ママ

「?サエちゃん?居るの?あら、どうしたの?そんなに泣いて」ヒョッコリ


貴弥

「∑おばさんっ!あの、これは…;;;///」シドロモドロ…


紗子ママ

「あらあら、貴弥くん。今日も送ってくれたのね。いつもありがとう」


貴弥

「うす…;;;」


紗子ママ

「サエちゃん、とりあえず貴弥くんに挨拶しておうち入りなさい、ね?」


紗子

「うん。貴弥、また学校でね///」


貴弥

「おう!またな!」


 紗子が家に入るのを見送る。まだ胸がドキドキしていた。貰ったクッキーを胸に抱いて、貴弥は相楽の屋敷に帰って行った。



◈◈◈



 翌日―。

 放課後、部活の時間。


紗子

「蝶子ちゃん!これ、マリアちゃんから預かって来たの!どうぞ!」


蝶子

「あら、じゃあ預かっておくわね」


紗子

「え?どういうこと?それ、蝶子ちゃんのじゃ…」


蝶子

「このラッピングは違うわ。別に渡す相手が居るの」


紗子

「そうなの?」


蝶子

「えぇ。届けてくれてありがとう」


紗子

「うん」


 誰に渡すのか気になって思わず蝶子の手元をじっと見てしまう。その姿に蝶子が笑った。


蝶子

「誰に渡すのか気になるのね?」クスクス


紗子

「∑え!?うん、でも詮索しちゃいけないよね。ごめんね」


蝶子

「別に構わないわよ。佑真、今日はちょっと屋敷に寄ってから帰るわ」


佑真

「え?わかった。買い物はどうする?俺しておこうか?」


蝶子

「あら、頼めるかしら。そうしたらメモを書いておくわね」


佑真

「うん。頼む」


紗子

(蝶子ちゃんにはあぁ言ったけど、すごく、ものすっごく気になるぅー!!)


八雲

「ふふ。とっても気になっている様子ですね」


紗子

「∑八雲先生!」


八雲

「その内、一ノ瀬さんにもわかりますよ。本人達は隠しているつもりですが、バレバレですからね」


紗子

「バレバレなんですか!?」


八雲

「えぇ」クスクス


「なになに?なんの話?」


八雲

「茉莉愛さんの話です。さ、今日の部活もそろそろ終わりにしましょう」


「マリアちゃん?マリアちゃんがどうしたの?」


八雲

「茉莉愛さんの好きな人の話です。隠しきれてないですよねって」


「あー。バレバレだねぇ」


紗子

「そんなにですか?」


「うん。見たらすぐにわかるよw」


紗子

「へぇ!」


八雲

「さ、皆さん帰りますよ」


 帰り支度をして皆で部室を出る。校門でそれぞれ別れて帰路に着く。


紗子

「ね、貴弥」


貴弥

「ん?」


紗子

「蝶子ちゃんが誰にマリアちゃんのクッキー渡すかこっそり見れないかな?」


貴弥

「まじめな顔して何言ってんだお前;;; もう無理だよ。相楽たちのほうが屋敷に着くの早いだろ」


紗子

「そっか…そうだよね…うーん気になる!」


貴弥

「…屋敷に帰ってクッキー持ってる人が居ないか見るだけ見てみるよ」


紗子

「やった!ありがとう!」


 「やれやれ」と肩を竦めて貴弥は笑った。そのままゆっくりと歩いて紗子を送って、任務を遂行すべく貴弥は足速に屋敷へ向かった。



◈◈◈



 屋敷へとやって来た蝶子はクッキーを持って渡すべき相手の部屋を訪ねる。仕事中だろうなとは思いながら襖をノックする。やはり返事は無かった。通りかかった使用人が庭で見かけたと言うので庭へ向かうと、枝垂れ桜の木の陰から煙草の煙が揺らめいてるのを見つけた。


蝶子

賢児けんじ


賢児

「!お嬢さん。すみません」


蝶子

「良いのよ。休憩していたのでしょう?私こそ悪かったわね」


賢児

「いえ、ちょっと…耀脩さんがしつこくて隠れてました。ついでに煙草を」


蝶子

「あら、まだやっていたの?」


賢児

「えぇ。それより何か私に用事でしたか?」


蝶子

「えぇ。これ、預かって来たの。茉莉愛からよ。お返しぐらいはしてあげてね」


賢児

「茉莉愛お嬢様から?」


蝶子

「そうよ。中は手作りのクッキーですって。あの子、お菓子作りはそんなに得意ではないから、とても頑張ったのだと思うわ。大事に食べてね?」


賢児

「ありがとうございます。私からお返しをご用意しますので、後日、届けて頂いてもよろしいでしょうか?」


蝶子

「あら、あなたまで私を使うのね?このお使いは高いわよ?」クスクス


賢児

「申し訳ありません。私では直接お渡し出来ないですから…」


蝶子

「ふふ。冗談よ。じゃあお返し用意しておいてね。私はこれで帰るわ」


賢児

「車を出しますか?」


蝶子

「大丈夫よ。ありがとう。じゃあね」


 蝶子が帰って行き、残された賢児は手の可愛らしいラッピングを見つめて、少し困ったように頬をかいた。でも、大事そうに持ち直して笑うと誰にも見つからないうちに部屋に戻ろうとした。したが、ずっと賢児を探し回っていた耀脩と鉢合わせてしまった。


耀脩

「…え?なにそれ?もしかして女の子から?」


賢児

「えぇ、まぁ…そんなところです」


しまったな…。

今一番会いたくない相手と会っちまったな…。


耀脩

「俺が?一生懸命お仕事してた時に?女の子とイチャイチャしてたの???」


賢児

「何言ってるんですか。俺だって仕事してましたよ」


耀脩

「じゃあなによそれ!!!」(嫉妬による逆ギレ)


賢児

「喧道の相手しますから、この話は終いにしましょう」


耀脩

「今日こそ!!!!一本!!!!取るからな!!!!覚悟しておけよ!!!!ちくしょう!!!!」


賢児

「はぁ…やれやれ…」


 耀脩はだすだすと足音を立てて、ぷりぷり怒りながら道場へと向かって行った。とりあえず一旦部屋に戻るかと角を曲がる賢児。そしてそれを何とか帰宅してたまたま居合わせて遠くから見ていた貴弥。


貴弥

(松岡さんが!!クッキー持ってる!!)


 貴弥はスマホを取り出すとすぐに紗子に報告をした。



◈◈◈



【喫茶Aoi】


 今日も今日とて大盛況の喫茶Aoi。紗子は完成した茉莉愛お手製のメイド服を着てうきうきで仕事をしていた。心しか作業効率も上がっている気がする。その様子を見ながら優はモチベって大事だなと思っていた。しかし、そんなうきうきテンションをぶち壊す事が起こる。


「一ノ瀬さん、ちょっといいかな」


紗子

「はい。なんですか?」


「俺も断ったんだけど、友達だからどうしてもって言ってて、桔梗のテーブルなんだけど…行けるかな?」


紗子

「え?友達?」


 嫌な予感がした。友達はカフェ部のメンバーと茉莉愛だけ。奏からは何か問題があるようなら逃げて来ても構わないからと言われた。奏の様子を見ていた貴弥が少し険しい顔をしてやって来る。


貴弥

「サエ。無理すんな。呼んでるの佐伯さえきたちだ」


紗子

「え…どうして…」


「やっぱり訳あり?なら、やっちゃんに頼んで断ってもらおうか?」


 佐伯というのは紗子をいじめていたグループのリーダー格だった。紗子はもう頭が真っ白になりかけていた。浅くなる呼吸をなんとか整える。


紗子

「い、いってきますっ。わたしも、いつまでもこのままじゃ…がんばらなきゃっ」


貴弥

「サエ…。そうか。みんな居るからな。無理すんなよ」


紗子

「う、うん」


 深呼吸をして、ゆっくりとフロアに出る。紗子がフロアへ出て来て蝶子や佑真が不思議そうにその姿を目で追った。


紗子

「お、お待たせしました…っ」


佐伯

「あぁ。やっぱり一ノ瀬さんだ。なぁに?なんでひとりだけメイド服なんて着てるの?そんなに一柳くんの気を引きたいわけ?」クスクス


紗子

「…っ」


 今までの記憶が蘇って苦しくて、怖くて、恐くて、言い返す事が出来ずにスカートのエプロンを強く握って俯いた。


佐伯

「一ノ瀬さん疎いからアドバイスしてあげる。そのメイド服似合わないからやめたほうがいいよぉ。どうせ通販の安いやつでしょ?お店の雰囲気も壊してるし」


蝶子

「このメイド服は私の妹のお手製よ。学習能力というものが無いのかしら?あなた達には」


佐伯

「!?」


 紗子を馬鹿にして笑っていた4人が固まった。以前紗子が安生高に連れて行かれた時にキレた蝶子が鉄パイプを振り抜いて使われていない机や椅子を殴り崩した時の記憶が蘇る。紗子の様子を見ていた蝶子がテーブルに近付き腕を組んで佐伯を見下ろしている。その目は冷めていた。


紗子

「!ちょ、蝶子ちゃん…っ」


蝶子

「あなた達は一柳君に会いに来たのでしょう?わざわざ紗子を呼ぶ必要があって?周りの人や店員を不快にさせる行為は他所でやりなさい」


佐伯

「っ!!あんた何様なのよ!!私はお客様よ!!なによその態度は!!」


 佐伯がびびりながら声を荒らげると八雲が飛んで来た。紗子と蝶子を下げて対応をする。八雲が頭を下げると佐伯達は帰って行った。


紗子

「蝶子ちゃんごめんね…ありがとう」


蝶子

「良いのよ。あなたは私の大事な友達だもの」


「しかし、やってしまったわ」と少しだけ反省している蝶子。そこに八雲がやって来る。


八雲

「一ノ瀬さん、蝶子さん、大丈夫でしたか?」


紗子

「だ、大丈夫です…」


蝶子

「大丈夫です。すみません。騒がせてしまいました」


八雲

「ふたりが大丈夫なら良いです。ですが、困った事があったら私か奏に相談してくださいね」


紗子

「ちょ、蝶子ちゃんはわたしを助けてくれて…っ。あのっ、わたし…葵先輩が逃げてもいいよって言ってくれたのに…私が出たから…っ」


八雲

「あぁ、泣かないで大丈夫です。怒っている訳ではありませんので。少し休憩室で休んでください。そろそろお店も落ち着く頃なので厨房は優ひとりでも大丈夫ですから」


紗子

「すみません…っ」


蝶子

「じゃあ私もお店に戻るわね。ごめんなさいね紗子」


紗子

「ううんっ。大丈夫だよ。ありがとう」


 ひとりになって震える手をなんとか抑えようとする。卒業して別れて数ヶ月で強くなってるはずなんてなかったと後悔した。こわくて、悔しくて涙が止まらなかった。


―ガチャ…。


貴弥

「大丈夫か?なんか、相楽が助けに入ってくれてたけど」


紗子

「貴弥…っ。こわかった…っ」


貴弥

「少しゆっくり休んでろよ。もう大丈夫だからな」


紗子

「うん…っ」


 しばらくしてやっと落ち着いた紗子は厨房に戻った。入ると優が料理しながら声を掛けてきた。


「一ノ瀬、戻ってすぐで悪いんだけど洗い物やり掛けてるんだ。続きからやってくれ」


紗子

「すみませんっ。すぐやります」


「もうそんなに混んでないからゆっくりで良いから」


紗子

「はい。すみません」


「…」


 そんなこんなでひと悶着あった今日の営業も終わった。紗子はしょんぼりとしながらメイド服を手にして見ている。佐伯に言われた事が尾を引いていた。


蝶子

「紗子。あの子の言っていた事なんて気にする事無いわ。とても似合っていたわよ」


咲妃さき

「そうだよ!かわいかったよ?」


紗子

「ありがとう…。せっかくマリアちゃんが作ってくれたのに…安物って言われたときに言い返せなくて…すごくくやしい…」


蝶子

「そうね。じゃあいつか言ってやりましょう?あの子達また懲りずにお店に来そうだもの」


咲妃

「紗子ちゃん逃げなかったのえらいよ!もっと胸張っていいと思うな!」


紗子

「うん…」


 メイド服をロッカーに仕舞って蝶子達とお店に降りると貴弥が待っていた。ふたりで帰る。


貴弥

「…今日は守ってやれなくてごめんな」


紗子

「っううん。大丈夫だよ。蝶子ちゃんも助けてくれたし、八雲先生も来てくれたし」


貴弥

「なに言われたか知らねぇけど気にするなよ?バカにしてくる奴の言うことなんか聞いてやることないからな」


紗子

「うん。ありがと」


 少し陽の延びた帰り道をゆっくりと帰る。貴弥が俯く紗子の手を握った。それはまるでオレが居るから大丈夫だぞと言うように。今は言葉に出さなくてもこの仕草だけで充分に伝わった。



◈◈◈

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