第26話

「諦めましょっか……」

「そうですね……」

顔を見合わせて笑った。


お互いにこれだけ下手なのだから、ぬいぐるみをゲットするには途方もない金額のお金が必要になりそう。


そんな無謀なチャレンジしても意味なさそうだし、諦めて去ろうと思った。萌桃がとっても残念そうに猫のぬいぐるみを見ているから、取ってあげたい気持ちはあるけれど。


「今まで取れたことあるの?」

「もちろん無いですよ」

「まあ、そうよね」

さっきのプレイを見て、お世辞にも上手いとは言えなかったし。


ゲームセンターから出ようと思って歩き出したのに、去り際にも萌桃は猫のぬいぐるみを見ていた。かなり気になっているみたい。


心が揺らぐ。


「ねえ……」

「どうしました?」

「もうちょっとだけ遊んでいかない?」

「え? ……良いですけどぉ」

萌桃は少し不安げにわたしのことを見つめてきていた。


言いたいことはわかる。わたしと萌桃がどれだけ頑張っても、一切取れそうに無いのだから。


「わたしは初めてだったから、きっと何度もチャレンジしたら取れるようになるわ」

我ながら楽観的すぎる気もするけれど、とりあえずチャレンジしてみたないと始まらない。


さ、さすがに5000円もあったら何とかなるわよね……。


一か月分のお小遣いの出費は痛いけれど、この間の屋上ではわたしと一緒にいるために、萌桃はもっと必死になってくれたのだ。そんな友達のために、わたしもなんとか頑張ってあげたい。


萌桃がわたしの手に持っている3枚の500円玉を見て、困っていた。

「ねえ、良いよ。やめとこうよ」


「大丈夫よ。3回くらいやったら取れるから」

慣れたらきっと大丈夫だから。


自分に言い聞かせてクレーンゲームと向き合う。


けれど、残念ながら悪い予想の通りだった。


お金を入れる、ボタンを押す、ぬいぐるみを滑らせる。その繰り返し。


とても強情なネコさんみたいだ。一向に動こうとしてくれない。


500円玉が溶けていく。


「ねえ、もういいから」

萌桃がわたしの腕をギュッと掴む。

「大丈夫よ」


深呼吸して心を落ち着かせる。わたしと一緒に校外学習に行きたいだけであんなに苦しみながら、必死に雨雲を消そうとしてくれた萌桃のために、わたしも何かしてあげたい。


けれど、残念ながらわたしの小銭はあっさり底をつきた。


まあ、予想通りね。残念ながらミラクルは起きなかった。


「ごめん、ちょっと両替してきてもらっても良いかしら?」

本当は自分で行くべきだろうけれど、筐体から退いてほんの少しだけ動いて有利になった状態で他の人に取られてしまったら悔しい。わたしはここで見張っておくことにしよう。


まあ、ほんとに数センチしか動かしてないのに、有利になんてまったくなってない気もするけどさ……。


「わかりましたけど、本当にもう良いんですよ?」

わたしが手渡した1000円札を見ながら、不安そうにしていた。


「大丈夫だから」

有無を言わさずに萌桃にお金を渡す。


いや、もちろん本当は大丈夫じゃないわよ。


ヒヤヒヤしながら操作ボタンに手を当てている。所持金全部使い切ったって、取れる保証はないわけだし。お金溶かし損になりそうだし……


それでも、ボタンを押す。陽気な音声と、カラ元気みたいに無駄に明るいBGMも何度も何度も聞かされて、いい加減鬱陶しくなりそう。


「来いっ……!」

だけど、虚しく滑るだけ。大きなため息をついたところで、後ろから声をかけられた。


「お姉さん、お困りみたいだね」

周囲に人がいないから、この声はわたしに向けられたのだろう。今集中しているところだから、あまり声とかかけてほしく無いのだけれど。


わたしはぬいぐるみの方を見つめがら、適当に返事をした。


「別に困ってないわよ」

「でもでも〜。さっきから、と〜っても苦戦してるみたいだけどぉ?」

わざと間延びした声で、わたしを煽るようなことを言ってきている。


誰だか知らないけど、ムカつくわね……


集中力が途切れて、さらにポロリとぬいぐるみが滑り落ちる。


「また落としちゃったね。ぬいぐるみさん、お姉さんのこと嫌いなんじゃないの? あたしならこの子に好かれる自信あるけどなぁ」

ケラケラと笑っている様子も鼻につく。


「うっさいわね……。あんたが声かけるから落としたのよ!」

「じゃあ、黙っておいてあげる。お姉さんがいっぱい失敗するところ、静かに見守っておいてあげるね」


「何が目的かわからないけれど、警備員呼んだ方が良いかしら?」

「いやいや〜、あたしはお姉さんの味方だから、そんなに警戒しないでよね、

「え?」

身に覚えのない声がわたしの名前を確かに呼んだ。


こいつ何者? なんでわたしの名前を知ってるわけ? 慌てて後ろを振り向いた。


けれど、そこに立っているのは当然のように知らない子だった。


先に失礼なことを言ってきたのは向こうだから、こっちも礼儀とか気にせず、彼女の容姿を上から下までジッと見てやった。


ブラウンカラーに巻かれた髪の毛、派手な髪飾り、厚めの化粧に、着崩している制服。短い制服のスカートは中が見えてしまいそうになってる。


見た目は派手だけれど、手足が細くて背も高いから美人ではある。


ギャルなのか、ヤンキーなのかわからないけれど、会ったことがない子なのは間違いない。少なくとも知り合いでは無いのに、なぜわたしのことを知っているのだろうか。


「なんでわたしの名前知ってるのよ?」

ジッと睨みつけたけれど、一切怯む様子はない。むしろ、楽しそうにケラケラと笑っている。


「やっぱり滝澤さんなんだね。美人な子って聞いてたから、そうかなって思ったけど、やっぱりそうだったんだ」

「そのぬいぐるみ、わたしの大好きな子も欲しがってるから、取りたいんだけど」

「ダメに決まってるでしょ。今わたしがやってるんだから」

「滝澤さんの実力じゃ、何回やっても、無駄だと思うけど?」


「いつか絶対取れるから」

「随分と自信あるんだね」

「絶対に欲しいんだから、どれだけ苦労してでも手に入れたいのよ」


喜ぶ萌桃のことを考えたら、多少の出費なんて痛くないし。


……嘘、本当はちょっと痛い。

でも、わたしの為に必死に頑張ってくれた萌桃の喜ぶことをしてあげたいから……


「ふうん、なるほどねぇ」

ジッと見つめる瞳は、わたしを値踏みするみたいだった。


しばらく見つめた後に、フッと鼻で笑うみたいに息を吐き出してから、こちらにグッと顔を近づけてくる。


そして、耳元で囁くみたいに呟いた。


「それ、取ってあげるよ」

「は?」

「今なら、あなたの大事な子は見てないし、わたしが1発で取ってあげる。それをあなたが取ってあげたことにして、プレゼントしてあげたらいいよ」


さっきのあっけらかんとした声じゃなくて、少し声を低くして、まるで秘密の甘言みたいに呟くけれど、そんな誘惑まったく無意味だ。


だって、人に取ってもらったものをプレゼントしたって意味ないもの。しかも、相手はなぜかわたしのことを知っている得体知れないギャルだし。


だから、断ろうと思ったけれど、それより先に彼女が続けた。


「その代わりさ。姫島萌桃ちゃんのことはわたしにくれないかなぁ?」

「ちょっ、萌桃って! あんた萌桃の知り合いなの?」

反射的に、言葉を遮るみたいにして声を出してしまった。


慌てて彼女から身体を離して距離を取る。思っていたよりも危ない人なのかも。


こちらは警戒しながら彼女のことを見ているのに、ギャルはわたしのことを楽しそうに見つめている。


「ほんと、綺麗だね。そりゃ、あの子の気持ちもわかるね」

うんうん、と頷きながら余裕たっぷりでこちらを見ていた。


「あの子って、萌桃のこと? あなたは誰なのよ……」

「さぁ、誰でしょう?」


クスクスと妖し気に笑う姿は、美しさとおぞましさ、どちらも秘めているようだった。


普通に怖いな。その場で動けずにいると、遠くから大きな声が聞こえた。


「ヒナ〜、どこ行った〜? ゲーセンで迷子になるなよな〜」


その声を聞いて、ギャルが「ああ、そうだった」と手をパンっと叩いた。


「あたし友達待たせてるから、そろそろ行くね〜」

「あ、ちょっと……、待ちなさいって……!」


「じゃあ、またね~」

わたしの引き留めになんて、当然のように聞く耳を持たずに軽く手を振ってから、小走りで去っていった。


あまりにも自由すぎる。

またね、って言われても、もう会いたくないのだけれど……


「何だったのよ……」

大きめのため息をついたのとほどんど同時に萌桃がこちらに戻ってきた。


「すいません、両替機故障中だったみたいで、店員さんに替えてもらってたら遅くなっちゃっいました……、って、なんか疲れてます?」

「そうね、ちょっと疲れたわ……」


ぬいぐるみは取れないし、得体の知れないギャルには絡まれるし、大変だったのよ、と心の中で答えるのだった。

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