2話 桜の下のふたり

 春の朝。


 窓の外から小鳥の声が聞こえる。


 制服の袖を整えながら、智也は鏡越しに自分を見た。


 「……うん。普通、だな」


 完璧を隠すための“普通”。


 それが、彼のいつものスタイルだった。


 キッチンの方から、トーストの焼ける香りが漂ってくる。


 「おはよう、智也くん。パン、焼けたよ」


 振り返ると、制服の上から着るエプロン姿の椎名がいた。


 銀の髪をひとつにまとめ、水色の瞳が朝日を反射している。


 「おはよう。……似合ってるな」


 「えっ? あ、ありがと」


 「食べたら学校に行くぞ。遅れる」


 「う、うん!」


 二人で家を出ると、春風がふわりと髪を揺らした。


***


 校門をくぐると、新入生の声があちこちで響いていた。


 桜の花びらが舞う中、俺は掲示板で自分の名前を探す。


 「一組か……」


 背後から、聞き慣れた声がした。


 「おーい、智也!」


 振り返ると、明るい笑みを浮かべた蓮が手を振っていた。


 落ち着いた空気をまといながらも、どこか親しみやすい。


 中学からの友人であり、俺にとって一番気楽な存在だ。


 「お前も一組?」


 「ああ。ま、同じクラスで助かるわ」


 「ほんとにな。てか、相変わらず朝から静かだな、お前」


 「うるさいよりはいいだろ」


 「ハハ、そうかもな」


 蓮が笑って肩を軽く叩く。


 俺の隣で話していた椎名に気づき、目を向けた。



 「ん? こっちは?」


 「ああ、椎名。幼なじみ」


 「へぇ、そうなんだ。初めまして、高瀬蓮たかせれん


 「椎名彩羽です。よろしくお願いします」


 椎名が微笑むと、蓮は「なるほどね」と少しだけ納得したように頷く。


 「……智也、お前、案外モテるだろ?」


 「いや、全然」


 「謙遜するやつが一番モテるんだよ」


 「その理論、根拠ないだろ」


 「俺、彼女いるから説得力あるぞ?」


 「……それは確かに」


 二人の軽口に、椎名が小さく吹き出した。


***


 教室に入ると、すでにざわめきが広がっていた。


 「なあ、あの銀髪の子、同じクラスか?」


 「やば、めっちゃ可愛いじゃん」


 「ハーフっぽくね? なんか雰囲気違う」


 男子たちのそんな声が聞こえてくる。


 椎名は特に気づいていないようで、静かに席についた。


 その隣に俺が腰を下ろす。


 「人気者だな」


 「え? なにが?」


 「……いや、なんでもない」


 椎名が首をかしげる。その仕草がまた、周囲の視線を集めていた。


 俺は小さくため息をつく。


 ――こういうの、面倒なんだよな。


 しばらくして、蓮が俺の肩を軽くつついた。


 「なあ、やっぱお前の幼なじみ、目立つな」


 「そうだな。俺も朝から男子たちに「なんだあいつ」みたいに注目されて落ち着かない」


 「でもいいじゃん。新学期の話題にはなる」


 「お前は余裕だな」


 「まあな。でも可愛い子見たら普通に感心するって」


 そう言って蓮は笑った。


 中学のときから変わらない、真っすぐな笑顔。


 だからこそ、智也は気を許せるのだと思う。


***


 放課後。


 下校の途中、桜並木を歩く二人の影が並んでいた。


 「初日、どうだった?」


 俺の問いに、椎名は少し考えてから答えた。


 「……緊張したけど、楽しかった。智也くんが一緒でよかった」


 「それは何より」


 彼女の笑顔は、朝よりもずっと自然だった。


 風が銀の髪を揺らし、水色の瞳に夕日が映る。


 「ねえ、智也くん」


 「ん?」


 「今夜、オムライス作っていい?」


 「前回焦がしたやつ?」


 「……努力はする」


 「なら、俺も手伝うよ」


 椎名が少し照れたように笑い、頷いた。


 春の風がふたりの間をやさしく通り抜けていった。

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なぜか俺の家がヒロインの巣窟になっていた ryu.sknb @201806011005

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