エンバーズ・スティルバーニング

松沢 祐希

プロローグ

プロローグ カイの記録より


 私にはこれと言った人生はない。いつもこの薄暗い、蛍光灯に虫が集っている地下にいた。当然、昼や夜の違いはここからではちっとも分かりはしないし、おんぼろの壁には亀裂ができている。ただそれを呆然と見ている日々。「それは当たり前のように活力もなくなる訳だ」とつくづく思う。

 地下にはもう十年以上いる。あの日から私はずっと孤独だった。が死んでから一度も地下から出ようと思い立ったことはない。あんな恐ろしいことがあってからは、何かに追いかけまわされていると感じる度に身を震わせ、数日間隠れて、その間何も口にしていなかったことがあるくらいだった。その時は非常に怯えていた。


 ここは獣人が暮らす世界。いつの日か、誰かが札幌の地下に身を投じて、「ここを新しく住める場所にしよう」と思い立ったらしい。私には地下のどこが良いのか、わけがわからないが。

 私は何故ここにいるかという話だが、私が幼い頃、癇癪持ちの父が、母に手を出したらしく、母は身を逃れる為、地下にやってきたらしい(だいぶ昔の話だが)。なので私は母の手一つで育ってきた。勿論、ここにきた時の記憶はすっかり抜けている。

 この出来事は母が記していた日記に書かれていた。私がそれを読んだのは母がいなくなってから、数日が経った頃。十才の時だった。


 母は私に「あなたには、ああいう人にはなってほしくないの。もっと明るくて、優しい人になってほしいの」と父の話題が挙がるたび、この言葉を残した。ウンザリするくらい。まぁ、今となっては全然だな、と申し訳なく思う。

 母は病気で亡くなった。その都度寝込んだら、私が精一杯看病していた(つもりだ)。だが、思えば余計に体調を悪くしていたのかもしれない。何を言おうと、私はまだ十才でひとりしかいなかったから。「しょうがない」と言っては申し訳ないが、仕方がなかったのだ。


 のことは、またしばらくしたら書こうと思う。今はまだ整理ができていない。もう数年がたつが、思えば今までその事件のことしか頭になかったと感じる。悲しかったな、

 今日はこのくらいで終わりにしておこうか。また余裕があったら書くかもしれない。

 

 

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