第2話 買い物

         買い物

「まさか、悠真兄さんのアパートのすぐ近くだったなんて。偶然ってすごいね!」

 あかりは心底嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、俺が義兄として彼女の世話を焼いていた、高校時代と変わらない、無邪気なものだった。

「ああ、本当に驚いたよ。で、引っ越してきたってことは、まだ何も揃ってないんじゃないか?えっと…一緒に買い物に行くか?」

 自分からは絶対に誘えない。兄として接するうちに、またあの感情が溢れ出すのが怖かったからだ。でも,まだ関わりたいという感情もあった。

「えっ、いいの?助かる!実は調味料とか、洗剤とか、最低限のものしか買ってなくて。一人暮らし初めてだから、何が必要か全然わからなくて不安だったんだ」

「ちょうど俺も今、スーパーに行こうとしてたところだったから。」

この言葉が自分の言い訳のように聞こえた。

俺たちは連れ立ってアパートを出た。

歩きながら、あかりは大学でのこと、一人暮らしの期待と不安を堰を切ったように話し始めた。その様子が、俺に心を許してくれている証拠だと感じ、自然と頬が緩んでいた。

スーパーに着き、カートを押して店内を回り始める。

「見て、兄さん!このお米、すごく美味しそう!でも、一人暮らしなら小さい方がいいのかな?」

「最初は二合炊きのパックとかでいいんじゃないか?食べきれないと逆に大変だし。あ、でも、あかりは昔からよく食べるもんな。じゃあ、五キロでいっか」

「覚えててくれたんだね!」

彼女は嬉しそうに五キロの米袋をカートに入れようとした。その時、ふいに、あかりがしゃがんでカートに荷物を入れる体勢になったことで、ニット越しに豊かな胸が強調された。その一瞬の光景に、俺の心臓はドクンと大きく跳ねた。

(いけない。俺はもう、ただの兄じゃない。あの頃とは違うんだ。距離を置くために連絡を断ったのに……)

俺は慌てて視線を逸らし、冷静を装って言った。

「そ、そういえば、洗剤はどれにするんだ?柔軟剤は香りにこだわりがあるか?」

「えーっとね、柔軟剤は兄さんのおすすめがいいな!」

屈託のないその言葉に、俺の胸の中の葛藤は、一時保留にされるのだった。

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