2-3. 煙草

 新型兵器は二度、使用された。だからといって、ハンジたちの為すべきことは何も変わらなかった。基地の整備、収容所の管理、敗残兵や島民の保護と、それが叶わなかった場合の後始末。これの繰り返しで、長い長い夏に終わりは見えない。

 目眩を覚える炎天の最中、ハンジは分隊の面々とともに県南部へと向かっていた。鉄の暴風にさらされ焦土と化した廃墟都市首里しゅりよりも南。島民も巻き込んだ激戦地、地獄の果て糸満いとまんへと下る。

「たまには、北部の応援にだって行きたいよなあ」

 ジョージは退屈そうにぼやくが、きっとどこに行ったって変わらないだろう。と、ハンジは心の中だけで呟いた。荷台から見える風景は、見晴らしの良い田畑と遠くの海岸線と、そして瓦礫の山、家屋の焼け跡だけだ。


「北部は北部で、局所的な戦闘が後を絶たないと聞くし、どこに行ったって同じだよ」

 ライアンは実際に言葉にして返し、さりげなくジョージに煙草をせがんだ。愛煙家の若兵は、渋々と言った様子で残り数本となったうちの一つをライアンに差し出そうとした。ハンジはそれを見て、自分の所持品の中に未開封の煙草があったことを思い出す。

「僕は吸わないからあげるよ」

 支給されていたものをライアンに箱ごと渡すと、ジョージが恨めしそうにライアンとハンジを交互に見た。仕方ないと言いたげに溜息を溢したライアンは、開封すると四、五本の煙草をジョージのポケットに突っ込んだ。感謝の言葉もおざなりに、ジョージは自分のしわくちゃの箱の中に煙草を詰め直す。ライアンは仕方なげに微笑するが、一方のハンジは眉間に皺を寄せた。

「いくらなんでも吸いすぎじゃないか」

 窘めても、ジョージは眉を上げて肩を竦めただけであった。

「別に構わないだろ。暴力や強姦よか良識的だ」

 しかし彼の返答は、とぼけた仕草とは裏腹の切れ味があった。荷台に揺られる面々の表情が一斉に固まる。暫時、トラックのエンジン音と、タイヤが道端の礫を踏み進む音が静寂を際立たせた。


「なんだよ、事実じゃないか」

 無言となったハンジたちに、ジョージが軽い調子を崩さず言った。批判しているわけではなさそうだが、冗談めかしてもいない。ただ、思ったことを素直に口に出しているだけなのだろう。

「歩兵なんて血の気が多い奴が大半だぜ、暴力も強姦も隠せるほど少なくはないさ。日本兵の死体に小便かけて憂さを晴らすサディストもいたって噂だ。決着した今だって、うちはハンジやライアンみたいな淡白な優等生とか、くそ真面目な隊長がいるせい——じゃないや、いるで、運良くそういう風潮は生まれなかっただけだ。そうだろ?」

「おい、それじゃあまるで君は煙草がなければ————」

 思わず声を潜めて聞き返すと、ジョージはぎょっと身を引いて顔を顰めた。

「待て待て、嫌な誤解をするな。そういうお遊びはしてないんだから、煙草が増えるくらいどうってことないだろって話をしたいんだ」

 お遊びで済むものか、とハンジは思うが、実際に虜囚や島民に手を出す者たちにとっては戦利品で遊んでいるような感覚なのだろう。反吐が出る気分だ。そういった仲間がいることも、それを知っていて「そういうこともある」とどこかで諦めて無言を貫いている自分にも。ジョージはハンジのことを優等生と評したが、自分は彼のように最悪な暗黙の了解を直視する度胸はない。お遊びに興じる者たちと自分がさほど変わらないように思えてしまう。ハンジは胸焼けを抑えようと、水筒からぬるい水を喉に通して深く息をつく。


 ジョージはこれを、まだ自分が咎められているとでも感じたらしい。彼は「君は真面目すぎるんだ」とハンジの目を覗き込みながら、器用に指の間で煙草を弄んだ。

「これでも、周りと比べりゃ品行な生き方をしているつもりなんだぜ。俺の肺がぶっ壊れるくらい、許してくれよ」

 彼の指の隙間で踊る煙が、瞬く間に風に吹かれて消えていく。その風が一層強くなった時、まだ半分も吸っていない煙草がふわりと彼の手から放り出された。すかさずジョージが叫んでトラックから身を乗り出し、やがて残念そうに口をひん曲げ、新しい煙草を取り出した。ライアンがそれを鼻で笑った。

「にしても、君のそれは依存だな。戦地で不健康が原因で死ぬ間抜けがどこにいる」

「ライアン、君も他の奴等も吸ってるじゃないか」

「支給品だけじゃ足りない奴は君くらいだ」

 すかさずライアンに訂正されるが、ジョージは聞かないふりをして美味そうに煙をふかした。ライアンが呆れて頭上を仰ぎ、目を回す仕草をする。トラックに同乗する他の隊員たちは、そのやりとりに苦笑した。

「ほどほどにね」

 緊張の解けつつある空気を壊さないよう、ハンジは努めて明るく告げた。

「別に俺が正しいとは思わないよ。これでいい思うから、そうしてるだけさ」

 ジョージは煙草をしがんで、からっとした笑みを浮かべた。

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