1-5. 暇つぶし
「なあおい、ハンジ。一昨日に保護した娘、何かしでかしたのか?」
沖縄本島中南部、激しい銃撃戦の繰り広げられた地域
本部から各地区の基地及び収容所までの動線を拡張するべく、砲弾や薬莢の山等の残骸撤去作業に従事している時であった。墜落して真ん中から折れた日本軍の戦闘機の影に座り込んで、ジョージは言った。彼は胸ポケットからラッキーストライクとオイルライターを取り出す。ハンジは翼の装甲を剥がそうとする手を止めた。
「どうして、それを」
問い返す声は裏返った。粘る土に埋まったガトリングガンを掘り起こしていたライアンも、手を止めてこちらに興味を示した。ジョージは箱から突き出したタバコを口で抜き取り、点火しながら続けた。
「トラックに乗り上げて、負傷兵に突っ掛かったんだって?」
「違うよ、彼女はそんなことしていない」
即座に否定すると、今度はライアンが首を捻った。
「俺が聞いたのは、あの娘が兵士を励ましたって話だったが」
「ああ、そっちが正しい」
「俺にも教えてくれよ、その話」
煙草をしがみながら迫られ、ハンジは言い淀む。あまりにも突飛な話で、信じてもらえるのか分からなかった。実際のところ、ハンジ自身もユタという存在やその非科学的な力について信じ難い面があるのだ。
「医者から何か言われたのか。戦争で気が狂ってるんだとか」
スコップを地面に刺しながらライアンは呟いた。ハンジは剥がした装甲をひとまず脇に起き、汗を拭った。無意識に眉根が寄る。
「ライアン、そんな言い方は……」
「君が言いにくそうにしているから、そうかなと思っただけだよ」
「あの娘、みんな死んじまった洞窟から出てくるわ、自分から頭に銃を押し付けるわ、不気味なところはあったよな」
「だよな」
「いい加減なことを言わないでくれよ、彼女はそんな子じゃない」
少し語気を強くすると、ジョージとライアンは呆気に取られた様子でこちらを見つめた。
「やけに庇うな。同郷だから肩入れしたくなるのは分かるが————」
「そんな理由じゃない。僕の故郷はハワイだと前にも話したはずだよ」
ハンジはライアンを遮って宣言した。ライアンは、日本人の血の流れるハンジを
「ライアンは君を心配しているんだ。日系人が日本人に入れ込んでると、面白くないと思う連中だっているはずだからな」
ハンジとライアンの言い合いに、ジョージが割って入った。
「分かってる。……でも彼女は本当に、ただの可哀想な島民なんだよ」
それがかえってきまり悪いハンジは、うつむいて声を落とした。仲間二人は目を合わせ、ややあってライアンが肩を竦めた。
「——分かった。君の言い分を信じるよ」
「んで、結局あの娘の噂は教えてくれないのかよ」
ジョージに話を蒸し返され、ハンジはまた言葉を濁した。少し考え、結局は昨日見たこと、そしてランプを囲んでウトが打ち明けた、ユタの話を白状した。精神を病んでいると誤解されるよりはましだろう。
「本気で言っているのか」
案の定、ライアンは口をあんぐり開けて呆れ顔だ。
「初めて会うはずの負傷兵の、祖母の姿形を言い当てたんだ。分隊長だってその場で見ていたよ」
「でも、その娘が何を話していたのか知っているのは君だけだろ」
「僕がこんな突拍子もない作り話をして、何の意味があるんだ」
「それは……」
「まあまあ、ライアン。面白い話じゃないか」
ライアンとは裏腹に、ジョージの表情は生き生きしている。彼は南米の血を感じさせる大きな口を目一杯引き上げ、靴底で吸い殻を泥土の中に紛れ込ませた。
「楽しみもできたことだし、作業に戻るか」
「楽しみって?」
「君はまたその娘の様子を見に行くんだろ。俺も一緒に行くよ。本物のシャーマンを見てみたい」
ハンジは顰蹙して渋い顔を作った。
「不謹慎じゃないか? それに会いに行くと約束しているわけじゃなし、彼女と会えるかなんて——」
「いいんだよ、どうせ毎日退屈していたし。その上、誰が死んだとかどこでゲリラが出たとか、暗い話ばっかりで気が滅入るんだ」
ジョージの表情は明るいが、声音にはそこはかとない疲労がうかがえる。ハンジは彼を見ないまま、戦闘機の装甲を剥がしながら考える。彼は決して面白半分で——いや、実際にそういう側面もあるのだろうが、娯楽を見つけなければやりきれないのだ。
悩んだ末、ハンジはなし崩し的にジョージの好奇心に付き合うこととなった。だが、それはそれとして、ウトをサーカスの見世物のように扱うわけにもいかない。配給テントで見かけることがあれば声をかけること、ウト自身が気乗りしないのであれば話を無理強いはしないことを強く念押しした上で、日暮れ時に収容所を訪れることとなった。一度
収容所は、夜中と違って島民たち達で賑わっていた。彼らは外箱から解体され紙袋に包まれたスパム缶やクラッカーを大事そうに抱えている。ハンジたちにとっては仕方なく腹に詰め込むための野戦糧食だが、飢えに耐え抜く日々を過ごした彼からすれば贅沢品らしい。
人々の中には、今日保護された者が、すでに収容所で生活している者と再会している様子も見られ、時々歓喜とも悲嘆ともとれる喚声が上がった。であるから、その場は人でごった返していて、あの小さな親子を見つけるだなんて到底困難な情況であった。ハンジはこちらの軽率なお遊びに付き合わせずに済んだと安堵する一方で、無自覚に肩を落とした。
「ハンジ、あの子だろ」
諦めて帰ろうと踵を返しかけたところで、ジョージに袖を引かれた。振り返った先に、彼女たちがこちらに歩いてくるのが見えた。
「髪を整えてもらったんだな、結構可愛らしいじゃないか」
ライアンがぼそりと呟くが、それに返事はしなかった。まるでハンジ達がここにいるのが分かっているかのように、人混みを真っ直ぐ進む娘から目が離せなかった。ウトは紺地に白い縞の和服を改造した防空着を着用し、髪を少年のように短く整えていた。彼女はこちらが近くなると、一度立ち止まって軽くお辞儀をした。
「やあ、よく僕たちを見つけたね」
連れの二人より一歩前に出て声をかけると、ウトははにかみながらカイの鼻をつついた。
「ここにいる気がしたから。ねえカイ」
ハンジは驚きよりも、やはり、と、どこか腑に落ちる。
「ウト……少し頼みがあってさ。その、ユタ、だっけ。君の不思議な力のことで」
「うん、分かっています。米兵さんのお友達も一緒ですね」
「まあそういうことだ。嫌なら別に構わないんだよ。僕の方から断っておくから」
何もかも先回りして感づいていたような口ぶりに、申し訳なさが増した。気遣いの言葉を一気に捲し立てると、彼女は首を横に振った。
「断りません。あの人たちはたぶん大丈夫」
「大丈夫って」
「うん。やーなー……えっと、ヤな感じしないから」
抽象的かつ曖昧だ。だが立ち話のまま、彼女の意を解き明かせはしないだろうと踏み、一旦場所を変えることにした。
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