第3話 デーモンハンター、ご新規一名様。

「はーい、我ちゃん説明に参上!」


 いつの間にか座っていた悪魔が、くつろいだ様子で足を組む。


「お前どこに隠れてたんだよ! 俺、生首のままじゃねえか!」


「まあまあ。カズくん落ち着いて、これでも飲んで」


 目の前のローテーブルに、いつの間にかティーセットが置かれていた。

 黒く艶のあるポットから注がれた紅茶が、湯気とともに香りを立てている。

 その隣には、焼きたてのようなフルーツケーキ。


「その呼び方やめろ! ……てかお前、なに優雅にお茶してんだよ!」


「バディだからね、我ちゃんは。解説係兼ナビゲーター。サービス込みの契約パックさ」


 むかつきつつも、匂いに釣られてケーキを一口かじる。

 ――色々なドライフルーツの甘みとアーモンドプードルのコク。


「……美味っ……じゃねぇよ、くつろいでる場合かっ」


 俺はちらりとソファの端を見る。青白いマキがまだ気を失ったまま横たわっている。

 ブランケットをかけてやると、少しだけ顔が落ち着いた気がした。


「このニュースとも関係のある話だよ」


「……俺の生首と集団転落死が? どこに接点があるんだ、悪魔か?」


 アゾートがテレビに目をやる。目はないんだけど輪っかが細まるから、たぶんあれが目も兼ねてるに違いない。


「正解。我ちゃんの同業者の仕業さ」


「これも儀式ってことか」


 テレビ画面には、現場の映像とナレーション。

 都心の高層ビル、ガラス張りのエントランス。ブルーシートで現場が隠されている。


「うむ。今回の件は、人間を飛び降りに誘導し、命を捧げさせる墜落死の悪魔、ザ・フォールンによるものだ」


「フォールン? それが名前か?」


「いや、人間がそう呼んでいるだけ」


「……他にもいんのか、こういうの?」


「そりゃあ、山ほどね」


 アゾートは紅茶を一口すすり、ソーサーをカチャリと音を立てて置いた。

 なぜか仕草がいちいち優雅でムカつく。


「悪魔にも序列があるんだ。儀式の内容、成立の難易度、故意かそうでないか、それによって得られる魂の質と降臨時の力が変わってくる。要するに、どんな死に方で呼ばれたかってのが、悪魔にとっての名刺なんだよ」


「……ってことは、俺みたいにゴールにダンクされた首は?」


「超エリートだね。我ちゃんの降臨は数千年に一度。いやぁ、あれは美しかった。天文学的ミラクルだよ」


「くそっ、全然嬉しくねぇ……」


「で、今夜のフォールン。こいつは飛び降り専門だ。よくあるだろう? ビルの屋上から、歩道橋、マンションの廊下から――」


「割と普通の自殺のやつじゃん……」


「その普通が肝心。偶発性の低い死を誘導することで、周囲に違和感を与えずに儀式を成立させる。悲しみや絶望をまとわせて、仕上げに景観まで整える。低俗だとは思うが人気のスタイルさ」


 故意に起こした儀式が低俗とか、悪魔の価値観は意味不明だ。

 けど、実体験として蘇生した以上、奇跡のような儀式の方が格も能力も上ってのはわかるような気もする。


 ……って俺も正気の思考じゃあないな。


「そんなのがあるんだな……」


 取り繕うように漏らした言葉に、アゾートがフードの奥でニヤリと笑う。


「うむ。だが最も有名なのは――キリストのサタン。君も知ってるだろう?」


 ――何を言ってるんだこいつは。


「……いや待て待て待て。今、なんて?」


「キリストのサタン。君の世界でもっとも崇められ、同時にもっとも忌まれている存在さ」


 頭が追いつかない。

 それ、どういう意味だよ?


「いや、サタンとキリストって真逆だろ? キリストは神の子で、サタンは悪魔の王。対極の存在ってやつだろ?」


「ふふふ、そう思ってる時点で、既に祓われた側だよ、カズくん」


「おい、マジで何言って――」


「キリストという名を借りて、現世に降臨した悪魔。それがサタンなのだ。もはや、とすら言える」


「……嘘だろ……」


「信じたくない気持ちはわかる。だが、カズくん――君は考えたことがあるか? どうして人間が、悪魔を祓えるんだ?」


「悪魔を退ける呪文とか、十字架とか……それって、そもそもフィクションだろ?」


 フィクションと言いつつも、頭では嫌な考えが頭をよぎる。

 そもそものアゾートも悪魔で俺も生首復活を遂げて……。


「ちゃんと効くんだよそれが。となると、その呪文や悪魔の真名、誰が教えたと思う?」


「……まさか……悪魔が……」


「そう。サタンは、自分以外の悪魔を排除するために、人間を利用した。エクソシズムとは言いながら、その実、ただのマッチポンプに過ぎない」


「……まっじっかっよ……人生で一番驚いたかもしれん……」


「宗教は実によくできた隠れ蓑だ。サタンは他の悪魔を妨害し、時には喰らうために、人間に祓わせてきた。悪魔の名で殺された民より、神の名のもとに処刑された者の方がはるかに多い。それが、サタンの力の源泉だ」


 俺は思わず背筋を伸ばしていた。悪寒のような戦慄。けれど、どこか納得できてしまうのが悔しい。


「……そいつ、やばすぎるだろ」


「我ちゃんでも、あれには敵わんな。ま――最終目的といったところか」


「それってもしかして俺にやらせようとしてる? 俺、ただの大学生だぞ……」


「今の君じゃ、すぐに潰されるよ。まずは地道に、フォールンのような小者から始めようじゃないか」


「やらせる気満々じゃねえか! 無理だって!」


「フォールンを倒せば、我ちゃんの力も回復するし――君の首も元通りになるのだよ」


「……ぜってえに嘘だ」


「前にも言ったけど、悪魔は嘘をつけない。契約書を工夫するけどね。実を言うと、我ちゃんの降臨とカズくんの魔人化でたいぶミラクルプァワーが減っていてね。悪魔を狩って儀式で得た魂の力を横取りしないとカズくんを完全復活出来ないんだよ」


「魔人化っつたか? なんだよそれ!」


「その生首状態のことさ。とっておきのギミックもあるんだよ。それはまたおいおいとして……」


 魔人……。首が外れても生きてるし、行動できるから人間をやめたということは理解していたが……。


「悪魔を倒さないと俺を元通りにできないってことか?」


「イグザクトリィ! 君の魂は今は現世に留まっているが、完全ではない。だからこそ――悪魔を狩るのだ。喰らい、魂を奪い、君の魂を補完する。それが、復活の本質さ」


「……あー、やっぱ悪魔なんだな、お前……。くそっ……そんでどうすんだ」


「うむ。まずは調査だ。場所を知り、儀式の痕跡を見つけ、追い詰める。……あとは、なんとかなるものだよ」


「なんとかってお前な……」


 アゾートはフードを揺らしながら、いつもの調子で笑っていた。


「さて、我が――デーモンハンターよ準備はできたかな?」


「……デーモンハンター……正義のヒーローなのか、俺……?」


「さあ? それは周りが決めることだよ、カズくん」

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