第2話 好きにするさ。

「んん……んああ……頭、おも……」 


 昔の夢を見た後はいつもこうだ。ダルすぎる。


「シャワーでも浴びてスッキリすっか……」


 作務衣さむえを脱ぎ捨てながら、何となく窓の外を眺める。魔王領になってから一度も日が差したことがないと言われる森は、相変わらず鬱蒼うっそうとして薄暗い。今の俺の心境を見ているようでげんなりだ。


 まあログハウスの一角を結界に面して建てたのは自分でやった事だから文句も言えない。


 つってもログハウスの中は太陽光発電を魔力でも代用できるように魔改造したから薄暗くも不便もない。照明器具はセンサーを付けてあるから俺の行動に合わせて点灯も消灯もするし、取り込んだ電力で持ち込んだPCやら電化製品一式を使えるようにしてある。


 風呂やキッチンの水周りのお湯は電気が使えりゃ温水器で賄える。水はこちらでは魔法と魔石での給水がメインだが、詠唱魔法は使えなくとも水や火は概念で賄える。面倒くさい時は魔石も使うけどな。


 日本のような暮らしやスローライフを望んだ訳じゃ無い。が、生活の中で極力不便さを無くして、考え事や検証に集中できる時間を少しでも確保したかったってのが大きい。


 設備投資に使う元手の金は今だにとある。こっちで手に入れたアイテムやお宝を日本でや研究者どもや有象無象のフリマサイトで片っ端から売りまくった結果だ。いやあ売れた売れた。


 父さん母さんが残してくれた金を使う気にはどうしてもなれんかった。馬鹿どもから取り戻した後にみんなの永代供養を頼んで寄付をしたのも自分の金だ。


 あれは俺の為だけじゃない。父さんと母さんが、自分達に何かあった時の為に佳奈姉ちゃんと夢花と俺の為に残してくれた金だ。そんな大事な金使えるかよ、なあ?


 ……しかし、金が絡むと人間って怖いな。親身な親戚ヅラしたアイツらに『父さんや母さんが家族に残してくれた保険金を返すか』『他人の金をアテにして買った家を大爆発させるか』を選ばせたらどっちも嫌だとか平気で抜かしやがった。


 まあ結局、金は取り戻したしアイツらの家も無くなったけどな。欲剥き出しの人間って本当に怖えわ。


 それはさておき。


 魔族はこの地がある限り復活し続けると魔王は言っていた。ならば、その仕組みさえわかれば魂を輪廻と切り離す方法が見つかるかもしれない。


 それだけが分かればいい。

 それだけでいいんだ。



『勉強に部活に大張り切りだな芳人。ま、頑張りすぎない程度にたまには息を抜けよ? 美味いもんでも食べに行くか?』

『好きでやってるから平気、ありがと。でも美味しいものは食べたいなあ』

『よし、じゃあ今日はみんなで豪勢に行くか!』


 家族の幸せが第一で、自分の事を後回しにしてたくさんの愛情を注いでくれた父さんが。


『今日はみんなの大好きな唐揚げ祭りだよ~』

『やった! 母さんの唐揚げめっちゃ嬉しい!』

『いっぱい食べて大きくなりなさ~い、うふふ』


 どんな時でも笑顔を絶やした事がない、優しい母さんが。


『よっちゃんほらほら起きて!今日朝練あるんでしょ?もうそろそろ支度しないと遅刻しちゃうよ!』

『うー……あと五年……ぐぅ』

『もう! えーい、これならどうだぁ!』

『ぐえ?! 姉ちゃんが降ってきた?!』


 家族が宝物だっていつも言っていた、佳奈姉ちゃんも。


『よっちゃ! よっちゃ! ぎゅ! ゆめ、ぎゅー!』

『夢おいで。兄ちゃんがロケット高い高いしてあげる』

『やったあ! きゃあ! ……ほよー。きゃあああ! あははっ!』

『お姫様、いかがですか?』

『もっともっとー!』


 甘えん坊で可愛い盛りだった夢花もみんな、天国に行っちまった。


 なあ、誰か教えてくれよ。俺の自慢の家族は何で死ななきゃいけなかったんだ? いったい何をしたっていうんだよ。


 あん時、部の練習試合があったからって旅行先で合流するつもりだった事を悔やんでも結果は変わらない。が、一緒に死にたかったと何度泣いたかわからない。



 その後の流れは全て自業自得の範疇はんちゅうなんだろう。当たり前だ。立ち直ろうなんて欠片も思わなかった。


 学校で虐められようが、保険金狙いの馬鹿どもに引き取られて厄介者扱いされようが、使い勝手がよさそうだと異世界に召喚されようが、正直どうでもよかった。


 ま、召喚された時だけはアレか。初めは中二ごころをくすぐったが転生特典全部封印されてたもんな。ははははは、ユーチェあんにゃろう。


 それでも、結局は。


 自分で死ぬ事ができなかった。生きる事に関してだけは執着した。家族との絆が、大切な思い出が無くなってしまう気がしたからだ。


 けど、もういいわ。異世界の輪廻に巻き込まれるってんなら御免だし、大切な家族と二度と会えない日本も嫌だ。


 だったらもう、好きにするさ。

 思い遺す事なんざねえよ。

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