第53章 蘇るRED SUNS《藤木 ケン》
この2、3日、リハーサルは止まっていた。
ヒカルと2人でスタジオには入るものの、
まるでリハにならない。
音楽と関係のないところで起きた“分解”。
それがバンドから音を奪っていた。
――いや、関係なくはないか。
ドラムスローンに腰を下ろしながら、
おれはまだアツシのことを考えていた。
アツシと比未子がいなくなった。
アツシの穴を、吹雪がサポートで
埋めようとしてくれている。
けれど吹雪自身も精神的に
どんどん追い詰められていて、
ベースどころじゃない。
ヒカルは何とかしようと必死だが、
結局どうにもならない。
結論――バンドの心臓は止まっていた。
それでも俺は、
スタジオで練習する癖が抜けなかった。
(叩き続けなきゃ、自分のリズムが狂う)
静まり返った空間に、
バスドラムを軽く踏む音が響く。
カン、カン――リムを叩く
スティックの音だけが虚しく跳ねる。
いつもならアツシのベースが
そのリズムを包んでくれるのに、
今日は金属音だけがカンカンと響くだけ。
(ドラムだけじゃ味が出ない。
調味料って大事なんだぞ、アツシ)
そう思いかけた、その時――
――ギィ。
スタジオのドアがゆっくり開いた。
光の筋の中に立っていたのは、
黒いケースを抱えた吹雪だった。
髪はまだ濡れていて、
目の下には少し疲れの影。
けれど、あの夜の吹雪とは違う。
何かを“超えた”人間の顔をしていた。
「おーっはよっ!RED SUNSのお二人ぃ!」
その声を聞いた瞬間、
胸の奥が一気に熱くなった。
あの吹雪のテンションが高い。
「吹雪…どした?悪いもんでも食ったのか?」
おれの問いに答えず、
吹雪は黙ってケースを床に置き、
ゆっくりチャックを開けた。
中から現れたのは――
赤いボディのスティングレイ。
ヒカルが驚いたように目を見開く。
「吹雪、それ…」
「そ。あたしのスティングレイ。
もうアツシくんのサンダーバードは弾かない。
ヘルプとかサポートじゃなく自分の力で
いっちゃんの隣で、生きてくって決めたの」
その声は明るかった。
けれど、芯があった。
どんな言葉よりも、
彼女の“覚悟”が響いていた。
ヒカルがギターの手を止め、
ゆっくりとこちらを見る。
「アツシくんの穴は、あたしが埋める。
でも同じ音は出せないよ。
だから――あたしの音で支える。いい?」
その瞬間、
ヒカルの表情が変わった。
「ああ…むしろそうじゃなきゃな!」
ヒカルがアンプのスイッチを入れる。
弦を鳴らした瞬間、
“点火”するような音が広がった。
おれはスティックを握り直す。
その感触が久しぶりに“生きてる”と思えた。
「吹雪、やるぞ。遅れるなよ」
「うん!まっかしといて!」
スティングレイのヘッドが光を弾いた瞬間、
おれはあえてカウントもなしに曲を始めた。
打ち合わせもしていないのに、
吹雪は見事に頭からリズムを合わせてくる。
目が合った瞬間――
自然とお互いニヤリと笑った。
おれの息と体のリズムを
ベースが寸分違わずピタリと追いかけてくる。
互いの呼吸がぶつかって、音が一気に混ざる。
吹雪の持つ高い演奏技術の成せる技だった。
RED SUNSの演奏が不死鳥のように甦る。
しかも低音の色が生まれ変わって、だ。
吹雪の指先は正確で、
おれの細かなミスや癖まで読んでくる。
その音には、迷いがなかった。
確実にリズムを刻み、土台を支えていた。
「きゃー!あたし、やればできるじゃん!
さぁ、ヒカルくん!楽しい楽しい
ギターソロの始まり始まりぃー!」
全てが整ったその上で、
ヒカルのギターが雄叫びを上げる。
スタジオの蛍光灯が、一瞬、明滅した。
まるで、死んでいたバンドの心臓が
再び動き出したみたいだった。
曲が終わった後も、
三人は余韻から抜け出せなかった。
「ケンくん」
吹雪が静かに言う。
「ね?あたしって、
魅力的なベーシストでしょ?」
おれはスティックを握り直し、
短く答えた。
「…うむ。とくに、胸とお尻が魅力的です」
「エッチ!そーじゃないっての!」
吹雪が笑い出す。
その笑い声がスタジオに響いた瞬間、
本当に“光”が差し込んだ気がした。
吹雪がスティングレイを手にしたことで、
このバンドに、太陽がもうひとつ戻ってきた。
おれはドラムヘッドを軽く叩き、
その余韻に微笑んだ。
(このバンドに、やっと夜明けが来た)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます