第52章 answer《夢河 吹雪》

朝が来た。

あたしにとって朝は気怠いだけのもの。









でもそんな朝にこそ唐突に光明は舞い降りる。








まるで天使がお迎えに来る童話のように。









灰色とオレンジのあいだ。

冬の終わりの匂い。







冷えた空気の中、

人の温もりを感じて目を覚ます。








あたしの胸で眠る太陽のような温もり。










その温もりが昨夜あたしの中に残したもの、

思いが安堵感と一緒に蘇る。









いっちゃんは隣でまだ眠っていた。










まるで悪夢にうなされる子供みたいに

時折顔をしかめている。









いつもは照らす側の太陽が

誰かの光を欲していた。












昨夜――

あの瞬間、何もかもが壊れた。










でも同時に、壊れたその中に、

確かに“生”の手触りを感じてしまった。










(結局、あたしだけが救われちゃったんだ)











自分はズルい人間だと思った。





今、何事もなかったようにあたしだけが消えれば

全ては丸く収まり、終わるはず。











けれど…それは違った。

この人を置いていくことは出来ない。









置いていく事が何よりの罪だと思った。










「いっちゃん…好きだよ」










眠る彼の髪を指で撫でる。












少し伸びた前髪の下から覗く瞼。

太陽が光を取り戻す日は、

もう二度と来ないかもしれない。











でも、それでも――






 





あたしは、この人の隣にいたかった。

光にはなれなかったとしても。









「…大丈夫、あたしがいるから」



  

 






その言葉は、誰に向けたものだったのか。










彼にか、それとも、

まだ壊れきれずに残っている自分自身にか。











あの夜のユウキさんの声が頭に浮かぶ。










「人は心の音に嘘をつけない。

 誰かを想えば、音に出る」











(ユウキさん、

 あたし…やっとあなたを超えられそう)









あたしは彼の手を握った。



 






冷たかった指が、ゆっくりと返してくる。

その弱々しいぬくもりに、涙がこぼれた。









(この手だけは絶対に離さない)










それがあたしの答えだった。












窓の外では、

夜の残り香のような風が

ビルの隙間を抜けていく。










東京の朝は、静かで残酷だった。













わたしは小さく息を吐き、

いっちゃんの頬に触れた。










「もしキミが沈む時はあたしも一緒に沈む。

 …キミの心は絶対にあたしが守る」













それが、あたしの覚悟だった。

言い訳もしない、逃げることもしない。










運命を共にするという答えが出た。













***












午後、

わたしはいっちゃんの部屋の隅にある

ギターを拾い上げた。









弦はサビて何本かが切れたまま。

でも彼のギターはまだ生きている。









あたしはギターの弦を張り替えると

そっと彼の家を後にした。









窓の外では、

光がゆっくり傾きはじめている。









(あたし、いっちゃんたちと一緒に

 自分のための音を鳴らそう)







電車を乗り継ぎ自分の部屋の鍵を開ける。









そこにいたかつて恋人と呼んでいた

スティングレイをケースに入れて

また部屋を出る。









そしてまた彼の部屋へ向かう。












彼に救われたあたしが出来ること、

それがハッキリと見えたんだ。

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