第50章 真実の手前《中濱 唯》
盛岡駅に降り立った瞬間、
空気の密度が東京とは違っとった。
吐く息が白い。
冷たさの質が、まるで別の国みたいやった。
地球温暖化なんてないやろとすら思えた。
「さっむ…ここがあの子らの“逃げた先”か」
駅前の広場は雪に覆われていて、
足跡の形が幾重にも交差しとる。
せやけどどれもすぐに薄れていく。
(見つけられるやろか…)
スマホの画面には、
“Café BLUE M”の地図アプリ。
比未子ちゃんの裏アカで見た投稿と
同じロゴマークが表示されている。
「雪の街…ほんまにめっちゃ静かやな」
呟いて、
白い息が風に溶けた。
***
タクシーに乗り、
駅から10分ほど走る。
雪で曇った窓を指で拭いながら外を見た。
町は古く、どこか懐かしい。
喫茶店、理容室、魚屋。
昭和の頃で時間が止まったみたいな通り。
(なんでこんな場所選んだんやろ…)
運転手がバックミラー越しにうちに声をかけた。
「観光ですか?」
「…まぁ、そないなとこです」
「お姉さん大阪の人?随分遠くから来たんだね」
こっちは雪が多いから、足元気をつけて」
「ありがとう」
タクシーが角を曲がると、
小さな看板が見えた。
“Café BLUE M”
青い文字が、雪に埋もれた木の壁に
かすかに浮かび上がっとった。
「あ…ここやな、運転手さんありがとう」
支払いをしてタクシーを降り、
雪道を踏みしめながら近づく。
ドアの前まで来たが、
中の灯りはついていなかった。
閉店中の札がかかっている。
その代わり、ガラス越しに
店内のテーブルが二つ見えた。
この時間やから恐らく開店準備中やと思った。
一つには、
白いマグカップが二つ。
かすかに見える人影。
(見つけた…!)
そこに見えたのは比未子ちゃんやった。
「あんだけ色んな人間振り回して
自分は幸せそうに笑っとるんか…」
吐き捨てるように呟いた声が、
自分でも驚くほど怒りに震えとった。
憎しみ?怒り?こんなん初めてや。
“取り戻す”つもりで来たはずやのに。
このまま冷静さを失ったらうちは
取り戻すどころか全てを潰してまう。
その怒りが足元の雪を強く踏みしめさせた。
(アカン。冷静にならな…)
うちは数回深呼吸をし、懸命に怒りを抑える。
体の震えが徐々に止まる。
そのタイミングで店のドアに手をかけた。
ドアを開けた瞬間
強い風が吹いた。
雪が舞い上がる。
気付けば肩に雪が積もり始めとる。
カフェの二階、
薄く開いたカーテンの隙間から、
もう一人の誰かがその姿を見つめとった。
うちはその時、その誰かには気付かんかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます