第22章 東北道中<緋山 いつき>

夜の“SEED”前。

街灯の光がアスファルトに反射し、

冬の冷たい風がケースの金具を鳴らした。


銀色のマイクロバスが一台、

静かにアイドリングを続けている。


運転席の窓が開き、唯が顔を出す。


「積み込み終わった?

 早よ乗らんと出発すんでー!」


「お嬢、まじでバス借りたんかよ?

 マジでハンパねぇな…」


ヒカルが笑いながらギターケースを持ち上げる。


「そらそうよ。

 ウチが頼めばおとんは断れへんの。

 “絶対事故るな”って条件付きやけどな!」


ケンが無表情でドラムケースを

積み込みながらつぶやいた。


「事故注意は正しい判断ですな」


座席の1番後ろには吹雪が、

黙ってベースケースを抱えていた。


その隣では比未子が持ち込んだ小さなポットを

丁寧にタオルで包んでいる。


「コーヒー、

 途中で飲めるようにしておきました。

 みんな眠くなったら言ってくださいね」


「おー、さすが比未子!

 なんかツアー感増してきたなー!」


比未子は照れたように微笑んだ。

その笑顔に吹雪さんは一瞬だけ視線を向け、

何か言いかけて、やめたように見えた。


***


深夜1時。

マイクロバスは静かに下北沢を出発した。


運転席に俺、

助手席には唯。

後ろの席にはヒカルとケン、

その奥にアツシ、吹雪、比未子。


「いやー!東北道とか、修学旅行ぶりやわ!」


唯は助手席に足を投げ出して上機嫌に叫ぶ。

チラチラと下着が見え隠れして気が散るので

俺は運転に集中した。


「いつきが疲れたらいつでも

 うちが運転代わったるからなー!」


「そういってさっきちょっと運転したら

 白線の真ん中走ってたじゃねえか…」


「あれはビビったなー!あっはっは」


ヒカルの笑い声が響く。


比未子は後部座席でブランケットを配りながら、

小さくつぶやいた。


「…みんな、楽しそう」


その一言につられて吹雪さんも笑う。


「なんか長らく忘れてた感覚って感じぃ?

 こういうのワクワクして楽しいよねっ」


比未子は吹雪さんのベースケースに目をやった。


「そのベース、きれいですよね。

 大切にしてるのが伝わります」


「そうよぉー!あたしの恋人だもんっ」


吹雪は少し照れたように言う。


「…昔いたユウキさんって人以来の…ね。

 その人はもういないけど」


「…大切な人だったんですねその人」


「あたし、ユウキさんを追いかけて…

 彼に追いつきたくてベース弾いてるの」


比未子は言葉を失っていた。

しかしその後、バックミラーごしに

見える比未子は優しく微笑んで


「…その人、きっと今も吹雪さんの音

 近くで聴いてますよ」


とだけ伝える。

吹雪さんはその言葉に一瞬だけ眉を震わせた。


***


午前3時。

東北道を北上するマイクロバスの中は

静まり返っていた。

エンジンの低い唸りとタイヤの音だけが続く。


俺は眠気に負けずに比未子から

受け取ったコーヒーを飲みながら

運転を続けていた。


時折バスを抜いていく車のテールランプが

遠く過ぎた日々の記憶をかすめる。


もう少しで那須高原SAが見えてくる。

仙台へはまだまだ距離があった。


「…なあ、いつき?」


唯が助手席で小声を漏らす。


「ん?なんだ起きてたのか」


「仙台って、どんな街やと思う?」


「行ったことねえんだ…

 寒いとこだとは思うけどな」


唯は笑った。


「東北やねんから寒いのは当たり前やん」


「…後ろのみんなは?」


「みんな疲れて寝とるわ。

 あんたも疲れてるんちゃうん?」


「俺は昼寝したからどうってことねえさ。

 それにあんたに運転代わったら

 東北道が俺らの墓場になっちまうだろ?」


「しっつれいなやっちゃなー!あんた…」


唯がそう言って頬を膨らませる。


「でもあんたと接してて分かったわ。

 あんたはそんな風にして誰かのために

 泥をかぶって生きる人間なんやな」


「そんなカッコイイもんじゃねえよ」


「せやから井川のことも

 ああして守ってやったんやろ?」


「…別にそんなんじゃねえって…」


泥をかぶっているつもりはないが

井川のことについてはちょっと耳が痛かった。



***


朝5時過ぎ。

ハイエースは国見SAに到着した。


ドアを開けると吐く息が白く染まる。

ヒカルとケンはまだ

深く眠っているので起こさずに

アツシとdevisionerの二人と一緒に車を降りた。


「寒っ…でも懐かしい。空気が澄んでる」


北国育ちの比未子にもこの寒さは堪えるようだ。

そしてその隣で吹雪さんは

凍った地面を物珍しそうに見ていた。


「うわっ!地面が凍ってるぅー!」


そんな俺たちにアツシが

自販機の前でカップコーヒーを渡す。


「温かいうちにどうぞ」


比未子と吹雪さんはそれを受け取り、

小さく笑った。


「ありがとぉ」

「ありがとうございます」


受け取ったコーヒーで手を温めながら、

比未子は吹雪さんに話しかける。


「……なんか、不思議ですね。

 こうして同じ方向に向かってるのに、

 みんな、違う何かを背負ってる」


俺は少し離れた場所から二人を見ていた。

その言葉が胸に残った。


俺もまた、

自分が何を背負っているのか、

ようやく向き合おうとしていた。


***


エンジンが再び唸り、

ハイエースはさらに北へ走り出す。

前方には雪の街――仙台。


太陽の欠片のような朝日が、

ゆっくりと地平を照らしていた。

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