第17章 二度目の幕が上がる時<緋山 いつき>
ステージ袖。
ライトの熱が布の向こうから滲み、
観客のざわめきが遠くで波のように揺れている。
アンプのうなり、スティックが
ドラムに当たる乾いた音――
その全部が、心臓の鼓動にシンクロしていく。
ケンが静かにスティックを握り直した。
「テンポは走らないように」
まるで廊下を走らないようにと
注意する教師のようにケンは言う。
「お前はもうちょい走ってみろ」
ヒカルが笑う。
「そうしたらきっと“ノれる”ぞ」
ケンは軽く息を吐いた。
「お前のノリに合わせてたら
スティックが何本あっても足りない」
「そりゃ褒め言葉だな」
ヒカルがニッと笑う。
ケンはあきれたように首を振りながらも、
どこか楽しそうだった。
そのやり取りを見て、俺は思わず笑った。
「お前ら、ほんと仲いいな」
「バンドなんて夫婦みたいなもんだろ?」
ヒカルが肩をすくめる。
「別れ話が出るまでは、仲良くやるのが礼儀だ」
空気が少しだけ和らいだ瞬間、
俺はアツシに目を向けた。
「アツシ」
「ん?」
「ベース無理矢理やらせたこと、怒ってるか?」
アツシはベースのネックを軽く撫でながら、
短く息を吐いた。
「バカ。そう思うなら
このステージをお前の力で面白くしろ。
つまんないステージにしたら
こいつで頭殴ってやるから」
「ああ…それも悪くないね」
俺は笑い、アツシの肩を一度叩いた。
「直射日光は人間には熱すぎる。
月にしかできないこともある」
アツシはそう呟いて
ベースを抱え直し、前を見た。
袖の向こうで名前が呼ばれる。
――「RED SUNS!」
照明が落ちた。
暗闇の中、わずかな呼吸の音だけが響く。
前よりも客席の密度は高い。
だがそんなことは今の俺たちに関係なかった。
次の瞬間、ギターのリフが空気を裂いた。
ドラムが走り、ベースが唸り、ステージを貫く。
ライトが一斉に弾ける。
歓声が波のように押し寄せた。
前より大きな歓声。
その波に俺たちは自分の中の熱量を
力の限り投げ込んでいったんだ。
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