Day5-1 サッカー部顧問による詰問
翌日
火曜日の午前中のことだった。
時刻表通りであれば、国語・数学・世界史・英語というインドアオールスターズで過ごせるはずだったのに⋯⋯。
「だからさぁ、被害届を取り下げてよ。分かるでしょ?」
何度目のチャイム音を聞いただろうか。
外の感覚が分からなくなる程度には、今の椅子に
座っていた。
「知らないですよ。じゃあスマホ返して下さいよ」
何度同じ問答をしたことか────。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
事の始まりは登校してすぐのことだった。
アストラルカードを用いて周囲の学生を覗き見しながら歩いていたら、不意に声を掛けられた。
「おい、そこのお前!」
怒号は明らかに自分に向いていたと分かったため、即座にアストラルカードを収納する。
そしてゆっくりと声がした方向を伺うと⋯⋯そこには生徒指導の先生が立っていた。
「お前、学校に関係ないものを持っていただろう!」
「⋯⋯いや、持ってないですよ?」
「嘘付けぇ! 俺の目は誤魔化せないぞ!」
朝からなんという勢いなのか。
瀬高といい、少なくとも朝から大声を出せるというのは才能だね才能。
「いやだから持ってないですって」
「嘘付けぇ! 俺の目は誤魔化せないぞ!」
「いやいや、ないですって。調べていいですよ?」
「嘘付けぇ! 俺の目は誤魔化せないぞ!」
⋯⋯壊れたラジオかな?
この人、同じことばかり言ってるんだけど。
「お前、名前は!」
おっ、何だか分からんが話が進んだぞ。
正解は時間経過でしたか。
「1年3組の鏡宮トウマです」
「⋯⋯あぁ、なるほど」
何だかわからないが、勝手に納得されてしまったぞ。
やれやれ。俺ってそんなに有名人でした?
「生徒指導室まで付いてこい!」
「荷物とか教室に置いて行ったほうが良いですか?」
「構わん! そのまま付いてこい!逃げるなよ!」
こんな状況で逃げられないって。
というか瀬高の時もそうだけど、また不特定多数の人がいる中で騒ぎを起こしてしまった⋯⋯。バイバイ内申点。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
⋯⋯ということで今に至る訳だが。
(話を聞けば聞くほど、とんでもない情報が出てくるんだが)
まず、今こうして生徒指導室へ連れ込んで、かれこれ2時間以上説教しているのが
────────────────
名称:原賀 マルオ
ステータス:
激高
八雲高校に勤める体育教師。
サッカー部の顧問を務める。
今年で46歳になるが、お腹が出てきたことを気にしている。
────────────────
(サッカー部に奇縁を感じるなぁ)
しかも瀬高を庇うスタンスを取るときたのだ。
曰く、彼はサッカー部になくてはならない人物であり、大会を控えている今、騒動を起こしたくないのだという。
(うーん、組織が腐ってる)
加えて、何度か隙を見てアストラルカードを使用しているが、一向に情報が更新されることはない。
仮にも、2時間も同じ空間を共有した中だというのに何も変化がないのは、瀬高以上に癖の強い人物だということか?
昨日の小南先輩の例えを引用するのであれば──決して心を開かない人、もしくは自身のスタンスを動かすようなことをしない人なのかもしれない。
こうして詰問されている中でも、自分が誘導したい結果以外は認めない、という固い意志を感じる。
(こりゃ、懐柔は難しそうだなぁ)
しかし貴重な情報源には変わりない。
例え怒らせてでも──彼の気持ちを揺さぶらなければ。
「⋯⋯というか、瀬高ありきで成り立つサッカー部ってどうなんですか。彼抜きでも戦えないと、いざという時に交代出来ないんじゃないですか?」
「ふんっ、サッカーをよく知らないヤツが何を言うんだ。エースストライカーを中心に作戦を立てるのだから、それ以外は考えないようにするもんだ」
「いやだから、それだと相手チームに対策されちゃうじゃないですか。そのためにも基軸となる人物は多くなるようにするのがセオリーなのでは?」
「それさえも圧倒する力が瀬高にはあるんだ!」
⋯⋯ほんとかぁ?
というか今思えば、瀬高のやつは土日遊び歩いているんだよな。少なくとも土曜日はデートしてた訳だし。
そんな部活ということは⋯⋯つまるところ。
「あぁ、ただのチンピラ集団だから球蹴り以下のお遊戯会でも満足できるってことか。だから瀬高みたいなお山の大将が主将をやっているんすね」
────ドンッ!!
間髪入れず、原賀が拳を机に叩きつける。
怒号にも似たその行動は、傍から見れば脅迫にしか見えない。
「お前ッ! 言わせておけば好き勝手言いやがって!!」
「はいはい、好き勝手好き勝手」
そしてついに、堪忍袋の緒が切れた原賀の手が、俺の首元へと伸びていき────。
「────そこまでにして下さい!!」
原賀が俺の襟元を掴むより先に、生徒指導室の扉が勢い良く開かれた。
そこにいるのは──リコちゃん先生であった。
「原賀先生。今、鏡宮くんに手を出そうとしましたね?」
「違う! これは生徒指導だ!!」
「いいえ。何があっても力による指導は許されません!」
これだから若いヤツは、と原賀が吐き捨てるように言う。
まぁ、時流に乗っている分、あんたよりリコちゃん先生の方が数倍立派だと思うけどな。
「⋯⋯もう4限になりますので。原賀先生では何時間経っても鏡宮くんを説得出来ないと思いますよ」
「⋯⋯⋯チッ!」
結局、リコちゃん先生に押し切られるような形で、原賀は生徒指導室を逃げるように去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ありがとうリコちゃん⋯⋯。本当に助かりました」
「んもう! 折角助けてあげたのに、どうしてその呼び方なの!?」
さっきまで2回りほど歳が離れた成人男性を圧倒していたというのに、緊張感が抜けた途端、いつもよく見るフニャっとした感じに戻ってしまった。
⋯⋯まぁ、こちらのほうが自分としても接しやすくてありがたいのだけれど。
「授業、途中だったんじゃないんですか?」
「今は小テスト中だから気にしないで。でも今から戻っても、何やってるかさっぱりかも」
「⋯⋯ちなみに出席点が付いたりは」
リコちゃん先生は首を横に振る。
どうやら規則は規則らしいので、恩情を掛けられる範疇にはないらしい。
「私としては付けてあげたいところなんだけどね。多分、鏡宮くんは今、私の授業なんかよりも大切なことを成し遂げようとしているから」
「買いかぶり過ぎですよ」
「ううん、そんなことない。正義感があっても、そこで動ける人は極僅か、冷静に行動出来る人は更に少ないわ」
「⋯⋯昨日、鏡宮くんが帰ったあと、全部事情を聞いたの。勿論小南さんの友人のことも」
「⋯⋯⋯⋯」
「正直腹立たしい気持ちもあるけれど、それ以上にあなた達が誇らしかった。格好良いなって思ったの」
そう言って、リコちゃん先生は俺の手を両手で掴んだ。
「だからせめて応援させて。協力出来ることは何だってするから!」
「リコちゃん⋯⋯」
本当にいい人なんだな、と心の底から思えた。
お人好しなのかもしれないけれど、その歳まで貫ける人なのだから、それさえも強みなのだろう。
「そのためにもどうか、鏡宮くんも自分を大切にしてね。御影さんが帰ってくるその時に、鏡宮くんもこの学校にいないとダメなんだから」
──昨日、小南先輩に近い内容を言ったことを思い出す。
きっとあの時の小南先輩も、同じ気持ちだったのかも知れない。
「⋯⋯ありがとうございます。リコちゃんみたいな格好良い大人に会えて、良かったです」
「よろしい!」
リコちゃんが教室へ戻るまでの道すがら、アストラルカードで彼女を見ると、事細かにギッチリとプライベート情報が載っていた。
きっと最大限に心を開いてくれたのだろう──そう考えると、思わず笑みが溢れてしまった。
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