Day4-6 偽りの恋慕

それからも、やんややんや言いながら検証を進めていくうちに、掛時計の短針が6を示していた。


「⋯⋯小南先輩、そろそろ時間なんで行きますね」


待ち合わせは6時半。朝のうちにメールを送って、それ以降確認できていないから、来るかどうかは不明だけど。


「確か、鏡宮くんはこのあと用事があるんだっけ?」

「まぁ、用事というかなんというか⋯⋯」


昨日の今日だ。無視される可能性が高い。

あまり期待は⋯⋯しないでおこう。



「安心しろ鏡宮後輩。明日、吉報を聞けるのを楽しみにしているよ」


小南先輩の根拠のない激励を背に受けて、俺は部室を後にした。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇




『月曜日の18:30に、あの公園で待ってる』



俺は今朝、家を出る前にメールを送った。


登校ギリギリまで悩んでいた中で送信したため、非常に簡潔な短文になってしまったのが悔やまれる。


(⋯⋯いや、相手の様子次第では下手に情報を漏らすことになるから、結果的に正解か)


そう独りでに納得しつつ、約束の時間まで静かに待つ。

辺りが完全に暗くなる前には来て欲しいのだが、果たして⋯⋯。





「⋯⋯おまたせ」


約束通りの時間ぴったりに、その人物は現れた。


「なんだか随分と窶れたな⋯⋯アカネ」


表情が暗いのは言うまでもなく、顔色が青白い様子にも見えるし、なにより髪が僅かに乱れていた。

それに服装が⋯⋯何故が私服だった。



「制服で来ると思ってたんだが、どうかしたのか?」

「⋯⋯今日は体調が悪いからって言って、学校を休んだの」


──成る程、合点がいった。

今朝の玄関口で瀬高が立っていたのは、紛れもなくアカネを探していたから。


本来彼女は朝早く登校するにも関わらず、今日に限って姿を表さないから、いつまでも立って待っていたということか。


「体調の方は⋯⋯」


そう尋ねると、力なく首を横に振った。


「病気とかじゃないの。ただ⋯⋯今日は布団から出られなくて⋯⋯」



か細い声で、そう応える。

⋯⋯小南先輩が心配していた内容が、的中したかもしれないな。


「そうだとしたら本当にごめん。実は今、外で携帯電話を使えなくてさ。てっきり登校してくるものだと思って、部活が終わるくらいの時間を指定したんだ」

「ううん、大丈夫。これくらいなら⋯⋯平気だから」


声にまるで覇気がない。

それに、今彼女を蝕んでいる状態を鑑みると⋯⋯外へ出るのもやっとに違いないのは見てわかった。



それに⋯⋯と前置きしてから。


「トウ⋯⋯鏡宮君は、私に文句をいう資格があるから。だから妹さんにも⋯⋯謝っておいてくれると⋯⋯」


⋯⋯ポタリ、ポタリと、滴が落ちる。

彼女の足元だけに降る雨は、酷く濁っていた。


「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」


気が付いた時には、彼女の頭を抱えるようにして抱きしめて、頼りない胸を貸してあげた。




◇  ◇  ◇  ◇  ◇




少しだけ様子が落ち着いたのを見計らって、アカネを連れて帰路に着いた。


曖昧な返事をするだけで精一杯な様子であったが、それでも会った時よりは幾分かマシな表情を浮かべていた。


⋯⋯よし、そろそろ切り出すべきだな。

彼女にとって辛い話になるかもしれないが⋯⋯。



「アカネはその⋯⋯瀬高先輩と付き合ってるの?」

「⋯⋯うん」


うーん辛い。

傷口に塩を塗り込んでいる気分だぜ。


「実はさ、土曜日にデートの邪魔をしたからって、朝から文句を付けられてさ。ちょっとした騒ぎになったんだよね」


アカネの肩が僅かに揺れた。


「⋯⋯それだけ慕われてるってことなのかな。俺には恋人とかいないし、良く分かんないけど」


そう言葉を掛けるも、返事はない。

俯いていて、その表情を窺い知ることは叶わない。



今なら──と、アストラルカードで觀てみることに。



────────────────

名称:御影 アカネ


ステータス:

後悔


気が付いた時には、付き合っていることになっていた。

瀬高に告白したときの映像を録画されており、そこに映るのはまさしく彼女自身だった。


────────────────



「⋯⋯ッ!!」


瞬間的に怒りが湧き上がるが、小さく深呼吸をひとつして、気持ちを落ち着ける。


「ごめんアカネ。実は今日、学校で瀬高ヒイロについて調べたんだ。本当にアカネを幸せにしてくれる人物なのか⋯⋯って」

「⋯⋯」

「けど、探れば探るほど⋯⋯いや」


濁して伝えるのは止めよう。



「あいつは過去に、少なくとも1人の女学生を心神喪失状態に追い込んでる」


「その際に使った手口は、催眠術のような超常現象の可能性がある。術を掛けられると、まるで人が変わったかのように振る舞うそうだ」



後半部分はあくまで共通項から見出だした妄想に過ぎないが、敢えて強いワードで明言する。


確たる証拠があるのが望ましいが、きっとそれは叶わない。ならば次点で大事なのは、被害者の受け取り方だ。


被害者が是と言えば、理屈はどうあれ是となる。

是となり得るための情報を出して、背中を押してやれば────。



「わ、わっ、わた⋯⋯」


アカネが何かを伝えようとする。

俺はそれを、じっと待つ。


「わた、わたしっ⋯⋯私⋯⋯」


大きく顔を歪ませて、アカネは告げた。


「二重人格なのかなって⋯⋯。私は瀬高先輩なんて全然知らないのに、気が付いたら付き合ってることになってて。でも私は何も覚えてないの」


そう証言した彼女は、口に出してからこちらをハッと振り返る。

信じてもらえないとでも思ったのだろうか。まるで打ち捨てられた子犬のような、臆病な目をしていた。



「信じるよ。俺はアカネの味方だ」

「でもっ、もう1人の私が何をするか分からなくて⋯⋯。次に目を覚ましたらどうなってるか、分からなくて⋯⋯」

「それでも俺は信じられる。幼馴染だから」



そっと彼女の手を取る。

冷たく、震えたその手を温めるように。


「必ずアカネを『助けに行く』。これだけは覚えておいて欲しい」

「⋯⋯うん。忘れない。絶対に忘れない」


少しだけ、彼女の指先に朱が差した。

こころなしか震えも落ち着いたようにも見える。



(離さないぞ⋯⋯絶対に)


そしてそのまま、その手を離すことなく、彼女の家へと送っていった。

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