Day3-1 家族の心配
翌日。日曜日。
カードの水抜きを一晩中無心でやって、直後に泥のように寝てしまったらしい。
泥だらけな格好だからとギリギリのところで理性を働かせたようで、汚い服はその場に脱ぎ捨て、ほぼ下着姿でベッドに寝転んでいたようだ。
お陰様で未だに疲労は抜けきれず、昼前まで寝ていたというのに身体中が気怠かった。
「昨日の出来事が全部夢であればどれだけ良かったか」
床に広げてあるカードを1枚手に取ると、湿気が十分に抜けてることが確認できた。
そういえば神様から貰った、あの謎のカードってどこに行ったんだ?
あの手水舎に落ちてなかったし、服の中にも入り込んで無かったし。まさかあれだけ奪われたとは考え辛いよな────。
「──ん? 手元になにか⋯⋯って!?」
気が付いた時には、既に右手にカードが握られていた。
さっきまで何も持っていなかった筈なんだが。
「⋯⋯もしかして、念じれば出したり消えたりできるのか?」
ものは試しにと『出ろ〜』と『消えろ〜』を交互に念じると、それに合わせて手元からカードが出たり消えたりした。
「ははっ、コイツは便利だな。いっそのこと、デッキケースごと出し入れしてくれると嬉しいんだけどな」
⋯⋯一応試しにやってはみたが、出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございま〜す」
自宅のリビングへと顔を出すと、そこには母が1人座っていた。俺の顔を見るやいなや、少し安堵するような表情を覗かせた。
「良かった。昨日はあれから出てこなかったから心配したのよ。見に行ったら薄着で寝ていてビックリしたわ」
「心配をかけてゴメン。あとその場で脱ぎ散らかした服を片付けてくれてありがとう」
起きたら脱いだ服が消えていたから、おおよそ見当は付いていたが⋯⋯母もあのカードの惨状を見たってことか。
「ねぇ。もしかして昨日は喧嘩に巻き込まれたとか⋯⋯そういうことがあったの?」
「喧嘩ってほどじゃないさ。ただちょっと⋯⋯血の気が多い人の癪に障ってしまったというか」
昨日殴られた箇所を軽く撫でると、まだズキズキと痛んだ。流石に骨とかは大丈夫そうだが、打身で酷く腫れ上がっている感じがした。
「⋯⋯初めて殴られたね。その時にスマホを奪われたんやら壊されたんやらで。今は手元にスマホはない」
──次の瞬間、母が勢いよく立ち上がった。
「それ、どこの人。学校に言うわ」
「いやそれが⋯⋯まだちょっと分からないというか。個人的には慎重に事を進めたいから、ちょっと待ってくれると嬉しいな」
仮に殴ったのが『アカネの彼氏』だと分かったら、すぐさま御影家に殴り込みに行くだろう。
非常に常識的でかつ子供想いのありがたい選択肢ではあるのだが⋯⋯今のアカネの様子が分からない以上、下手に突くのは避けたい。
「まずは病院に行こうかなって。しっかり外傷をもらった証明をもらいに行きたいな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、母に車で病院へ連れて行ってもらった。
病院に行って診察をしてもらったが、怪我の度合いはごくごく一般的な打撲の範疇であったことが分かった。
今が一番酷く腫れ上がっているが、しっかりとアイシングして軟膏を塗っていれば、2日後くらいにはある程度治まっているだろうとのこと。
⋯⋯何に使えるかは分からないが、少し無理を言って打撲箇所の写真を撮ってもらった。
おそらくこれだけ情報を抑えておけば、当時起きたことの証明の一部になるだろう。
そんな帰り道の車の中。
軽快な雑談が出来るわけもなく、少し重たい空気が車内を占めていた。
母からすれば、見知らぬところで自身の息子がボロボロになって帰ってきているのだ。気にならないはずが無いのは分かるが⋯⋯。
「⋯⋯ねぇ、トウマ」
先に沈黙を破ったのは、母さんだった。
「あなたが今、どんなことに巻き込まれているのかは分からない。けれどこんなんでも一応母親やっているから、なんとなく予想は付くものなのよ」
「ははは⋯⋯それは恐ろしいな」
きっと、いや母さんは分かっているのだろう。
今回の一件にアカネが関わっているのだと。
「今の母さん達じゃ⋯⋯頼りない?」
「そんかまさか。自分なんかより数倍以上頼り甲斐があるでしょ」
「でも、話せないんでしょう?」
それはまぁ⋯⋯そうなんだが。
「実はね。今朝すぐに、アカネちゃんがウチに来たの」
「⋯⋯⋯⋯えっ!?」
昨日の今日で!?
確かに今なら催眠状態が解けているから⋯⋯可能なのか?
「トウマを振った彼女が、なんでウチにわざわざ来たのか⋯⋯それを聞こうにも『ごめんなさい』の一点張りだったの」
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯まぁ、そうしか言えないよな。
「それに⋯⋯なんだか私よりチサの方が怒っちゃったみたいで。怒鳴り散らすかのようにして、アカネちゃんを追い返しちゃったのよ」
「おぉ、それはなんとも。普段のチサからは想像付かないなぁ」
「チサも一応、トウマのことを兄としては認めているみたいだし。でもやっぱりそれ以上に、アカネちゃんを姉のように慕っていた分、裏切られた気持ちが大きいんじゃないかしら」
⋯⋯そうだ。チサはいつも『アカ姉』と言って慕っていた。少なくとも自分達が中学生の頃は、俺なんかよりアカネのほうに懐いていた気がする。
「でもまぁ⋯⋯そんなもんなんじゃないかな。別にアカネとその⋯⋯良い関係になれる保証は無いわけだし」
「そうね。今のままなら勿体ないわ」
「はいはい。言っとけ言っとけ」
どうせ俺は根暗カードゲーマーですよ。
「ってことは、今日家にチサと父さんがいなかったのは」
「お父さんがチセを外に連れ出しているわ。きっと今頃、新しい靴でもねだられているんじゃないかしら」
「そうだな〜、アイツ意外と図太いからな〜」
そっか⋯⋯。
本当にみんなに、迷惑かけちゃってたんだな。
「ごめん、それでもまだ言えない。今、アカネが事件の渦中にいて⋯⋯ちょっと自分でも判断しかねるくらい、よく分からないことになってるんだ」
「⋯⋯そう」
「勿論、独りよがりで解決しようとは考えてない。段階を踏んで、学校にも相談するし、ちゃんと家族にも話をするよ」
「──勝つなら、完全勝利が一番気持ちが良いからね!」
そう断言すると、母は運転しながらだというのに、俺の頭にポンと手を置いた。
「応援してるわ」
その一言がもらえただけでも、とても気持ちが楽になる。
⋯⋯この人の息子に生まれて良かった。そう心から思うことが出来た。
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