♡ 028 ♡

 何やら両手に色々抱えて、笠井は戻ってきた。

「ギターのストラップと、クロスとピックです。一つずつ好きなの選んでください」

 ローテーブルに広げて並べられた彩どり豊かな付属品を目の前に、広香は状況が飲み込めなかった。


「ごめんなさい、今日ギター以外を買う予定はなくて……」

 困ったように広香が言うと、

「三点プレゼントします」と笠井は淡く笑みを浮かべた。

「ええ!」

 と思わず大きな声が上げてしまい、広香は両手で口を覆った。

「大声出してすみません。本当にこんなに、いいんですか?」

 恐る恐る問いかけると、

「もちろん。その代わり上手くなってください」

 と笠井は答え、改めて「どれにしますか?」と広香に視線を送った。


 赤いギターケースに合わせて、ストラップは赤。クロスはクリーム色、ピックはマーブル模様の透き通ったものを選んだ。

「本当にありがとうございます。嬉しいです」

 笠井の気遣いに、張り詰めていた心が緩んでいくのを感じた。

「どういたしまして。畔倉さんはうちの大事な常連さんですから。またいつでも遊びに来てください」


 笠井はギターケースのポケットに付属品をしまい込み、ひょいとスタンドからギターを持ち上げた。

 そして次は弦を新しいものに張り替えると言って、作業台にそっとギターを置く。

 古い弦を外している笠井の手元をじっと見つめていたら、彼が気づいて

「弦交換の方法も教えますんで、弦がダメになってきたらまた来てください」とまた気を利かせてくれた。

 笠井からもらった無償の善意を、広香は胸の奥深くまで受け入れた。

 彼女の世界において、この楽器屋は揺るぎない支柱を保つための新しい座標となった。


 広香は会計を済ませ、丁寧に頭を下げて笠井に礼を言った。

「本当に、いつもご親切にしていただいて、ありがとうございます。上手くなったら、演奏聞いていただけますか」

「歓迎します。うちの店の二階、ライブハウスになってるんで、その時はぜひ出演者として来てください」

 笠井の言葉で、それを初めて認識した。

 あまりに恐れ多くて、見開いた目が戻らない。

「初っ端からステージに立つのは怖いかもしれませんが、でもそれもありだと僕は思います」

 そう言って笠井は目を細めた。

「もちろんライブじゃなくてもいいです。またギター背負って来てください」

 広香は困惑しつつも、

「わかりました、もし覚悟ができたら」

 と顔を強張らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る