第2話 秘密の放課後

翌日も、私は屋上に向かう。

昨日の放課後の出来事が、まだ胸の奥でふわふわと漂っていたからだ。

本を片手に、階段を上がる足が少しだけ軽く感じる。

誰にも話さない、小さな秘密――でも、それが少し特別な気持ちに変わっている。


扉を開けると、すでに葵がいた。

「やっほー、来たね!」

その笑顔を見るだけで、心臓がまた少し跳ねる。

私は慌ててうなずきながら、そっと腰を下ろす。

昨日より少し近い距離

――肩が触れそうで触れない、その微妙な距離に胸が甘く痛む。


「ねえ、放課後、一緒に帰らない?」

葵の提案に、私は一瞬、心臓が止まるかと思った。

自分の返事を考える前に、もう頬が赤くなっている。

「……う、うん、いいよ」

言葉にすると、思ったよりも自然に口から出た。

不思議だ。普段ならこんなにドキドキすることはないのに。


放課後、二人で街を歩く。

夕暮れの光が街路樹の葉をオレンジに染め、影が長く伸びる。

葵は軽やかに歩きながら、楽しそうに話す。

「昨日はありがとうね。あの場所、私も気に入ったんだ」

その言葉に、私は小さく微笑む。

「うん、私も……」

声が少し震えているのに気づかれていないといいな、と心の中で思う。


カフェに寄ることになった。

テーブルに向かい合って座ると、葵は少しはしゃぎながらメニューを選ぶ。

私は普段、一人で黙々と本を読んでいることが多いから、

こんな風に誰かと過ごす時間が不思議で、でも心地いい。

目の前の葵を見ているだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。


「ねえ、楓ってさ、普段はどんなことしてるの?」

葵の好奇心旺盛な声に、私は少し戸惑う。

普段は答えを用意しているのに、今日は胸の奥が少し緊張する。

「えっと……本を読んだり、たまにお菓子を作ったり……」

「へー、すごいね。私、そんなの全然ダメだよ」

葵の笑顔は無邪気で、でも心の奥がほんの少し覗けた気がした。


歩きながら帰る途中、葵がふと私の腕に軽く触れる。

私はその瞬間、思わず息を止めた。

触れたのはほんの一瞬――でも、心臓の奥がぎゅっと締めつけられる。

「……え、ちょ、今……」小さな声が出る。

葵はニコッと笑い、「ごめん、びっくりさせちゃった?」と軽く手を振る。

その無邪気さが、余計に胸を熱くさせる。


家に帰ると、今日のことを思い出しては、頬が赤くなる。

放課後の小さな秘密――手が触れそうになったこと、笑顔、言葉の端々の優しさ。

こんな気持ちは初めてで、嬉しくて、少し切なくて。

心の奥で、私は気づく――

「……葵と、もっと一緒にいたい」


ベッドに横になりながら、屋上での笑顔と街中での会話を反芻する。

そしてそっと、明日もあの場所に行こう、と心に決める。

まだ言葉にはできないけれど、胸の奥に甘くて小さな希望が芽生えた――。

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