第38話 水道局事件

 京都の結婚式場に米沢涼子が突入し、東京の屋上で槍宮寛貴が新たな刺客と対峙する、その緊迫の瞬間。

​ 全国で多発する熊の暴走、そしてNHK集金係の殺害に続き、社会の基盤を揺るがす新たな事件が、主要都市の水道施設で発生した。

​「水道局職員、刺し殺される! 複数の浄水場・配水施設で同時多発的に発生!」

​ 殺害されたのは、夜間の巡回・保守点検を担う、複数の自治体の水道局職員たちだった。彼らは、通常は立ち入りの厳重な浄水場や配水施設の敷地内で襲われ、いずれも集金係と同じ手口で、喉元を一突きにされていた。

​ さらに深刻なのは、職員が殺害された直後、各地の水道施設で大規模なバルブの意図的な開放や、薬品注入システムの緊急停止が確認されたことだ。

​ ニュースは、水質汚染や断水の可能性を報じ、パニックは一気に拡大した。

​『この影響で、現在、近畿圏や首都圏の一部地域で、水道水の使用を控えるよう緊急の呼びかけが出ています。警察は、テロの可能性も含め、広域的な連携組織による犯行と見て捜査しています』

​ この一連の犯行は、社会の**「生命線」とも言えるインフラを狙うことで、人々の日常生活における「安心」という概念そのものを破壊しようとする、腹黒賢の「汚い策略」の極致だった。彼の目的は、米沢涼子や槍宮寛貴のような「エラー」を処理するため、社会全体を「機能不全」**に陥らせることだった。

 京都・結婚式場「アメジスト・ガーデン」:絶望の連鎖

​ メインホールの扉を蹴破った涼子の耳に、スマホから流れる水道局職員殺害の緊急ニュースが届いた。

​「水道まで…! ハラグロ…貴様は、私たちの生活の全てを**『合理的な破壊』**の対象にしたのか…!」

​ 涼子の憎悪は、すでに個人の復讐のレベルを超越していた。それは、システムが人間性を捨てたことへの、絶望的な怒りだった。

​ 結婚式場の中は、爆発と断水の警告にパニックに陥り、阿鼻叫喚の状態となっていた。その混乱の渦中、涼子の視線が、隠れようとする怨藤憲一を捉えた。

​「怨藤憲一! 貴様が兄を、そして、水道を狙ったのも貴様らの組織か!」

​ 怨藤は、恐怖で顔を引きつらせながら、末たか子を盾にしようとする。

​「違う! 俺は知らねぇ! それは腹黒賢の奴が勝手に…!」

​ 涼子は、怨藤の言葉が、彼らが組織の末端の**「使い捨ての駒」**でしかないことを示していると理解した。しかし、彼の口から、兄の死の真相を聞き出す必要がある。

​「アザミ」の名の下に始まった復讐は、今や、「社会の秩序と人間の命」を取り戻すための、涼子の最後の戦いへと収束していた。彼女のボーガン刀は、怨藤を狙いながらも、その背後にいる「悪の合理」、腹黒賢への激しい怒りによって、強く握りしめられていた。

 東京・戦略監査室(同時刻)

​ 腹黒賢は、高層階のオフィスから、混乱する東京の夜景を眺めていた。彼のデスクには、殺害された集金係と水道局職員の写真が、まるで**「成果報告書」**のように並べられていた。

​「米沢涼子。これで、君の**『非合理的な正義感』は、完全に『無意味な抵抗』と化す。君の愛した世界は、もうすぐ機能停止(シャットダウン)**だ」

​ 彼は、静かに無線機を取り上げ、次のターゲットに命令を下した。

​「次の**『監査コード』**を実行しろ。標的は、電力インフラ。そして…」

​ 彼の口元が、冷酷に歪んだ。

​「米沢涼子の**『復讐』**を、完全に終わらせる」

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