第20話 新たな武器

 米沢は、末たか子の出現と、周囲を取り囲んだ黒装束の集団に、絶望的な状況を突きつけられた。しかし、彼女の内に宿る広田と藤田の「正義」が、彼女の足を地面に踏みとどまらせた。

​「興行師?私は、あんたの舞台の**『役者』**なんかじゃない!」

​ 米沢は叫び、バールを低く構えた。取り囲む男たちは、無言で米沢にジリジリと間合いを詰めてくる。

​ 末たか子は、扇子を広げ、不機嫌そうに顔を歪めた。

​「あら、ごちゃごちゃと。舞台はもう始まっているのよ。さあ、観客を興奮させて!」

​ 黒装束の男たちが、一斉に米沢に襲いかかろうとした、その瞬間だった。

​ 倉庫街の角、米沢が這い上がってきた換気口の真横のシャッターが、内側から激しい音を立てて破られた。

​ ガシャアアアン!

​ 分厚い鉄板のシャッターが、無残にひしゃげ、そこから、一人の男が飛び出してきた。全身には、血や泥、そして、どこかで見覚えのある赤い液体が飛び散っている。

​「ちくしょう!『興行師』がなんだ!俺の舞台は、まだ終わってねぇぞ!」

​ その男は、先ほど米沢が地下道で別れた、「清算人(クレンザー)」、つまりハエ叩きを持っていた黒マスクの男だった。バールでマスクを粉砕され、意識を失ったはずの彼が、満身創痍の状態で、再び舞い戻ってきたのだ。

​「貴様は…清算人!なぜここに!」

 末たか子の甲高い声が、驚きに満ちたものに変わる。

​ 清算人は、その場に崩れ落ちそうになりながら、米沢に向かって、力なく叫んだ。

​「お前に…借りを…返す…!あんたは、俺の**『腸内環境』を…『整えてくれた』**恩人だ!」

​ 彼は、地下道で米沢が倒した「清算人」の持っていた、あの異様な注射器のような浣腸器具ではなく、右手に、これまでの彼からは想像もできない、新たな武器を握りしめていた。

​ それは、彼の異様なこだわりを体現したかのような、異形の複合武器だった。

​ ボーガンの弓と本体を基部に持ちながら、その先端には、ボーガンの矢を装填する機構に加えて、短く、鋭利な日本刀の刀身が、まるで銃剣のように組み合わされていた。ボーガンの引き金を引けば矢が発射され、そのまま白兵戦に持ち込めば、刀として機能する。

​ 清算人は、その異様な武器を、全身の血潮で汚しながら、米沢に向かって放り投げた。

​「とっ…届けろ…!ロンドンへ…!**『浣腸(クレンザー)』**の最後の仕事だ!」

​ 米沢は、彼の叫びと、その武器の奇妙な形状に一瞬戸惑いながらも、反射的に両手でそれを受け止めた。

​ ずっしりとした重み。それは、ボーガンの機構と、刀の金属の重さだった。

​「これは…!」

​「清算人!許さないわよ、貴様!」 

 末たか子は激昂し、扇子で米沢の頭上を指差した。

​「雑魚ども!あの女を潰せ!そして、あの**『汚れた豚の肉切り包丁』**も一緒に叩き壊せ!」

​ 周囲の黒装束たちが、一斉に米沢に襲いかかる。彼らの手には、鈍く光るナイフや警棒が握られていた。

​ 米沢は、手にした異形の武器の重さを感じながら、その使い方を瞬時に理解した。

​ 広田の正義、藤田の決意、そして、今、清算人の命懸けの「恩返し」。全てを無駄にはできない。

​米沢は、その複合武器、**「ボーガン刀(ボウガタナ)」**の引き金を引いた。

​ ヒュン!

​ 矢は、先頭で突進してきた黒装束の男の胸を正確に貫き、男は無言で崩れ落ちた。

​ 米沢は、間髪入れずに、残りの男たちに突っ込んだ。近接戦闘ではボーガン刀の刀身を使う。

​「邪魔よ!」

​ 米沢は、ボーガンの重さを利用し、短刀の刀身を横薙ぎに振り払う。鋭い刃が、襲いかかる男の腕を切り裂いた。

 ​黒装束の集団は、一人の女が突如として異様な武器を手に入れ、その戦闘スタイルを豹変させたことに、一瞬怯んだ。

​ 末たか子は、その光景を見て、扇子で顔を隠した。

​「なんて、無様で醜い『興行』…!だが、それがまた、**『最高の悲劇の素材』**になる!」

​ 末たか子は、和服の袖から、小さな吹き矢を取り出した。その吹き矢の先端には、微かに光る、毒性の強い液体が塗布されている。

​「米沢涼子。あなたの『舞』は、ここで、**『毒殺』**という最も優雅な形で幕を閉じるわ!」

​ 末たか子が、吹き矢を構えた。米沢は、バールから持ち替えたボーガン刀を、まるで、この国の夜明けの光のように、強く握りしめた。

 ​広田の正義と、清算人の命が込められた異形の武器を手に、米沢の最終決戦が、夜明け前の倉庫街で始まった。

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