第8話 パンチパーマ🦱

 米沢の駆るセダンは、夜の首都高速道路を猛スピードで駆け抜けていた。特殊な改造により強化されたエンジンは、普通の車では出せない唸りを上げている。後方には、既に『インペリウム』の追跡車両のヘッドライトが点滅し始めていた。

​「追手が来ているわ。このセダン、防弾仕様だけど、組織の連中が使う対物ライフルには耐えられない」

 米沢は、冷静にミラー越しに状況を確認する。

​広田は助手席で、肩の傷を押さえながら、米沢に尋ねた。

「次はどこへ向かうの?『不良債権』の証拠って、具体的に何を?」

​「都心にある、バブル崩壊直後に閉鎖された、ある外資系金融機関のデータセンター跡地よ。表向きは解体されたことになっているけど、地下にはまだ、当時の**『融資記録の原本』**が眠っている。私の夫が、組織に囚われる直前に、こっそり教えてくれたの」

​「融資記録…それが、実体のない会社と、消えた資金の流れを示す証拠ね」

 広田は、刑事として長年追ってきた巨大な闇の全貌が、目の前に開け始めたことに興奮を禁じ得なかった。

​ その時、米沢の車の斜め前方に、一台の黒塗りのバンが割り込んできた。そして、バンのスライドドアが開き、中から屈強な男が現れた。その男は、角刈りに近い短髪を、強烈なウェーブのパンチパーマで固めていた。夜の照明に反射し、まるで彫刻のように硬質な光沢を放っている。

​「ちっ、カラスの親衛隊長、**『ゴトウ』**よ!」

 米沢が舌打ちする。ゴトウは組織の中でも特に残忍で、カラスに絶対的な忠誠を誓う古参の手下だ。

​ゴトウは、車体から身を乗り出し、手に持った特殊な音響兵器を米沢のセダンに向けた。

​「米沢、この国の『経済の血流』は、てめえらみてえなチンピラの正義でどうこうなるもんじゃねぇんだよ!」

 ゴトウは拡声器で怒鳴り、音響兵器のスイッチを入れた。

​『キィィィィン!』

​ セダンの車内に、耐え難いほどの高周波の轟音が響き渡った。

​「くっ…!」

 米沢は一瞬、顔を歪ませ、視界が揺らぐ。ハンドル操作が僅かに乱れ、車体が右に逸れる。

​「米沢、気をしっかり持って!この音波は、脳に直接響く!」

 広田は、傷の痛みと音波の攻撃に耐えながら、助手席のドアポケットに手を伸ばした。

​「組織の…『対音響シールド』!起動させるわ!」

 米沢は、ゴトウの攻撃を読んでいた。組織が使う特殊車両には、音響兵器に対する防御システムが組み込まれているのだ。米沢は再び隠しボタンを叩き、車体の四隅に設置されたシールドが起動した。轟音が嘘のように消え去る。

​ゴトウは驚愕の表情を見せたが、すぐに手元の特殊なグレネードを米沢の車に投げつけた。

​「今度はEMPよ!避けろ!」

 米沢は即座に悟り、急ハンドルを切った。セダンはタイヤを軋ませながら車線を変え、グレネードは道路の中央分離帯に激突した。

​『ドンッ!』

​ 爆発音ではなく、短く乾いた衝撃波が走った。EMP(電磁パルス)だ。しかし、米沢のセダンは特殊な電磁シールドで守られており、機能停止は免れた。

​「しつこい!」

 米沢は、反撃のチャンスを窺っていた。彼女は、広田に指示を出した。

「広田!車のシステムをハッキングして、前方のバンの**『GPS信号』**を捕捉して!私は奴を引き離す!」

​「任せて!」

 広田は、警察官時代に培ったハッキング技術を駆使し、助手席のコンソールパネルを操作し始めた。負傷しているにも関わらず、その指先は鋭い。

​米沢は、次のジャンクションで高速道路を降りる決断を下した。ゴトウのバンを、一般道へと誘い込むのだ。

​「ゴトウ!追いかけられるものなら、追いかけてきなさい!」

 米沢は、アクセルを底まで踏み込み、出口のランプへとセダンを滑り込ませた。

​ゴトウのパンチパーマが風に揺れ、怒りの形相でバンを追従させた。彼らの戦いは、東京の夜の街を舞台にした、壮絶なチェイスへと変貌した。

​「捕捉したわ!ゴトウのバンは…この先の廃墟ビルを拠点にしているはずよ!」

 広田が、額に汗を浮かべながら叫んだ。

​「廃墟ビル…分かった。そこが、ヤツの**『経済の癌』**の隠れ蓑の一つね。叩き潰す!」

 米沢は決意の瞳で夜の闇を見つめ、ハンドルを握りしめた。彼女のバールと広田の知恵が、巨大な悪に立ち向かう最後の武器となる。

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