スラム


 走って走って、アベル王子は町の西へやって来ました。

 地図を思い浮かべ、カインが必ず行ってくれと言っていた場所だと気がつきます。

 そこは大通りにいた人々と比べて殊更粗末な衣服を纏って、痩せこけ絶望の表情を浮かべる人達がいました。

 王子はここが“貧困窟スラム”と呼ばれる場所とは知りません。

 王宮の外にはアベル王子が思い描いていたキラキラした世界などありませんでした。

 呆然としていると、後ろからグイッと腕を引かれます。驚いて振り返ると、そこにはみすぼらしい格好をした中年の女性がいました。


「カイン! どこに行ってたんだい、エバが、エバが!!」


 女が自分のことをカインと間違えていると気がつきましたが、アベル王子は何も言えません。すると女は黙っている王子を引っ張ってスラムの奥へと向かいます。

 たどり着いたのは、小さな小屋でした。


「エバ、カインを連れて来たよ!」


 女性は小屋に入るとアベル王子をグイッと前に押しやります。

 そこにはベッドがありました。その上には“エバ”と呼ばれる青白い顔の女性が仰向けになっています。

 エバはうっすらと目を開けて、アベル王子を見上げます。エバの瞳は王子とカインと同じエメラルドグリーンの色をしていました。

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