第1話 新学期初日
一ノ瀬から「告白」された――その瞬間から、時は戻そう。
まずそもそも、どういう経緯で一ノ瀬に誘われたか、振り返ってみようじゃないか。
* * *
高校2年生の春、新学期初日。
世間的には「希望の春」、まさしくそんな季節。
あたたかい日差しと、舞い散る桜の花びら。
新しい環境、出会い、やるべきこと……人は、春を迎えると清々しい気持ちになるらしい。
しかし、だ。
俺の場合――。
「……憂鬱だ」
自分の席についてから、数十分が経った。ホームルーム開始の予鈴まで、あと15分はある。
俺は、誰とも話さず、机に突っ伏して寝たふりを決め込んでいた。
誰にも聞こえないように独り言をもらしたが、なんとも言えない気持ちになる。
机に寝そべりながらも、周りに目線をこっそりと巡らす。
女子は早々に複数のグループをつくり、特定の卓を囲うようにして話している。
男子も、ちらほらとグループが出来上がっている。去年同じクラスだったやつや、似たオーラを放つやつらで、つるむのだ。
そうした新学期の「当たり前」に。
いや、そもそもこうした人付き合いに。
俺はめちゃくちゃ懐疑的である。
たとえば。
……おい、目の前で話している、ツインテールのそこの女子。あと1ヶ月後にはどうせ別のグループにいるんだろう。
いまの関係はただの「とりあえずの妥協」であって、本当の友達じゃないんだよな。
あとあれだ。窓際の隅っこで話している、黒い縁のメガネをかけた、小柄な男子。
オタクトークを聴いているとき、顔が引き攣ってるぞ。
本当は好きじゃないのに、話に付き合わされてるんだろう?
どうせそいつとは仲良くなれないさ。早く方向性の違いでサヨナラバイバイしたほうがいい。
この世界なんて、本音と建前ばかりでバカみたいだ。
みんながみんな、嘘をついている。
なんにも信じられない。
高校生にでもなれば、俺だって表向き仲良くしたりできるが、そんなのただの茶番じゃないか。
どうせ誰も俺のことなんて愛さない。
俺はなにせ、生粋の懐疑主義者なんだからな。そんな男とは、俺が女の子だったら、付き合いたくない。絶対にな。
「よ!」
さわやかな声で挨拶されて、俺はむくりと体をあげる。
「お前か」
「驚いたか?」
片手を上げてニコッと太陽のような笑みを浮かべていたのは、
去年、つまり1年生のときに同じクラスだったやつだ。
「友達作る気持ちゼロかよ」
「だって人は信じられないからな」
「懐疑主義者ぶるのもいい加減にしろよな。冷笑ばっかしても、人生つまんないだろ」
「冷笑じゃない。冷静なだけだ」
「どっちでもいいけどな、机に突っ伏されちゃ、俺くらいしか話す奴が居なくなるって」
こいつは誰とでも仲良くなれる「コミュ強」である。
ゆえに、俺のような「取扱注意の地雷」にすら、友好的に、あるいはズカズカと距離を詰められる。
こいつには裏表がない。
ゆえに、智己を疑うこと自体が馬鹿らしいので、クラスメイトとして仲良くさせてもらっている。
物好きなやつもいるものだ。
「なあなあ、うちのクラスって美人多くないか?」
「たとえば?」
「
「名前だけ言われても、誰とも同じクラスになったことないしな」
「じゃあ、そこんところみっちり教えてやんよ」
三人とも同じグループで話していた。
小山田さんは金髪のギャル。巨乳。
伊月さんは小動物系でハムスターみたい。おどおどしてて大人しそうだが、男子から密かな人気を集めそうなタイプ。
で、かくいう一ノ瀬は……。
むっちゃ美人だった。放っているオーラが違う。別世界からやってきた、王女様みたいだ。
不覚にも、俺は見いってしまった。
「おっ、一ノ瀬さん推しか?」
「推しもなにもないが」
「嘘つけ。舐め回すように見てただろう」
「見てないって」
「……お前がそこまでいうならいいがな。どうせ三人とも高嶺の花だ。学園ラブコメの役者は揃ったってかな。あとはボーイ・ミーツ・ガールを待つだけだ」
智己はラブコメ的出来事をいまでも夢見る、妄想主義者である。
そんなものがあれば、の話だが。
専門用語で言うなら【白馬の王子様症候群】の罹患者だ。
女の子と付き合っても、「やっぱ運命的な出会いじゃなきゃ続かないよな」とすぐ破局する。
その現状から目を背けている、恋には盲目なコミュ強なのである。
「夢は願えば叶うからな」
「寝言は寝て言え」
「手厳しいなぁ。俺の理想で言えば……」
長くなりそうなので話半分に聞いておく。
ぼぅっと聞き流していると、どこかから視線を感じた。
……この俺が、見られている?
あたりをそっと見渡す。
まさか、嘘だろう?
俺を見ているのは、あのとびきり美人の一ノ瀬だ。まったく面識などないはずなのに。
一ノ瀬から視線を外してしばらく経っていたはずだが。
俺が意図せずいやらしい目で見たことを怒っているのか?
「どうかしたか?」
「いや、視線を感じて」
「幽霊でも見たか? 学校の七不思議ってうちの高校にもあるらしいが」
「いや、そういうんじゃなくてだな」
カツカツ、と上履きが床を踏み締める音が近づく。
「
噂の女、一ノ瀬が俺に話しかけてきた。
なぜ、俺に?
智己は目をまん丸に見開いて、俺と一ノ瀬を素早く交互に見ていた。
「雄志郎くんに、大事な話があるの。ホームルームの後、屋上まで来てくれる?」
「誰かと人違いをしてるんじゃ」
「人違いじゃないの。あなた、稲葉くんじゃなきゃダメなの」
何を言ってるんだ、一ノ瀬という女の子は。
普通の男子なら「告白かな?」と思うところのはず。
しかし、そんな甘い話はない。
この世界はラブコメの価値観が通用する場所ではない。現実は非情である。
もし告白だとしても、グループのなかで嘘告白の罰ゲームでもやってるとかだろうし。
なんなら、男子の恋心を弄び、金をむしり取ろうとする悪魔みたいな女の子かもしれない。
まさか本当の告白とは思えない。
「絶対来てね。来なかったら、許さないからね?」
そう告げるとき、一ノ瀬の瞳からハイライトが消えていた。
「おいおい、お前がラブコメ主人公なのか? この俺ではなく? まずなんでお前みたいなら懐疑主義者がイベントフラグ立ててんだ?」
「落ち着け。俺にもよくわからない。まぁ、きっと詐欺か何かだ。話だけ聞きに行ってやるだけだな」
「素直に喜べよ、この懐疑主義者」
その後、クラスはざわついた。
どうも、稲葉という男子が、一ノ瀬さんに告白されるらしいぞ……。
そういう空気感が、あっという間にできあがっていた。
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