第2話 タイムリーパーではなく重度のヤンデレという仮説
時は告白後に進んでいく。
俺はデートに誘われ、ノコノコと一ノ瀬についていくのであった――。
* * *
「おいしい抹茶ラテを出すカフェがあるんだよね。好きでしょう、抹茶」
「超大好き」
抹茶という絶妙な好みを言い当てている。すごい。
「おすすめは、ここから数駅離れたところにあるお店」
「何度か行ったことがある。趣味がいいね」
「だって……」
「将来の妻だから、か?」
「私のセリフ横取りしないでよぉ」
ぷぅ、と頬を膨らませ、一ノ瀬は反論した。
さっきはからかわれたのだ。ちょっと反撃して、むくれる姿を拝んだっていいってものじゃないか。
「窓際にあるいつもの席、空いてるといいね」
行きつけは、隠れた名店で、きまって、外の風景が見える席に座る。
このくらいなら、俺を尾行していれば知ることができる情報だ。
未来の妻だから知っている、とは断言できない。
「初対面の相手がなんでも知っている、というのは妙なな感じだな」
「もしかして不気味でもある?」
「自分の中を覗き見られていて、純粋にびっくりだな」
「怖いとか言わずにいてくれるよね、雄志郎くんは」
一ノ瀬に俺のプライベートな情報を知られていようと、怖くはない。
将来の妻という言説を信じるなら、それで納得できる話だ。
本当は別の理由だったとしても、必ず原因があって結果がある。
なんらかの方法で俺の情報を知っている――それだけわかっているなら、怖がらなくていい。
真実がいったいなにか、さまざまな可能性を検討するだけだ。
「俺について詳しいなら話が早いじゃないか。悪いことはない」
「雄志郎くんらしいなぁ」
放課後になったら、さっそくいこうと約束を取り付けた。
初対面の女の子と、初デートである。
目的の駅で降り、カフェに向かうまでの間、俺――
人生二周目のタイムリーパーという荒唐無稽な主張を表面上認めて振る舞ってはいる。
が、絶対にタイムリーパーだとは言い切れない。
ふと「中国語の部屋」という話を思い出す。
中国語を知らない男が部屋の中にいる。
外から中国語の文字列が書かれた手紙を渡される。
男は、完璧に中国語を理解できる、すごいマニュアルを使う。
記号としか見てない中国語を駆使し、答えとなる文を紙に書き、外に渡す。
このとき、外から見ると男は「中国語を理解している」ように見える。
ただ、現実は違う。マニュアルを使っているだけである。カンニングをして満点を取るようなものだ。
これは一ノ瀬と同じだ。
タイムリーパーらしく振る舞っていても、本当がどうか、判断できない。
今後、「私は将来の妻なんだよ」と一ノ瀬が言い張り、たとえ俺しか知り得ない情報を口にしたとしても。
彼女が人生二周目のタイムリーパーだ、と安易な結論には飛躍しないのだ……。
「こうやって雄志郎くんと歩くの、憧れだったんだ」
「憧れ?」
違和感のある言葉。一ノ瀬はわずかな間、表情が固まっていた。
「えっと、その……付き合いたての頃みたいに、制服姿の雄志郎くんとまた歩きたかったな、って。よく思ってたの。ノスタルジーってやつかな。一緒にきてくれて、嬉しいの」
一ノ瀬は微笑んだ。
「喜んでもらえてよかったよ」
「今度は私の方から恋愛攻略できるんだから、幸せだよね」
「それって本人の前で言っていいのか……」
「いいの。雄志郎くんへの攻略宣言だもの。未来の夫を惚れ直させるというね」
俺を見つめる目には、さきほどよりも闇が満ちていた。飲み込まれそうな闇である。
さて、ここで別の仮説が立ち上がる。
――もしかして一ノ瀬という人は「ヤンデレ」ではないのか。
ヤンデレあるある!
その一、強烈な愛情表現。
その二、プライベートな情報をなぜか把握している」
こうしたパターンを、一ノ瀬にも適用できるとしたら。
俺についてやけに詳しいのも、ヤンデレ特有の調査能力の高さで説明できてしまう。
別にタイムリーパーでなくとも、ここまでの一ノ瀬の発言は「ヤンデレだから」で片がついてしまう……。
あくまで仮説である。本当にタイムリーパーで、かつヤンデレという線もある。
考えうるすべての可能性について、詳しく検討しなくてはいけない。
「着いたね! めっちゃオシャレ。センスいいなぁ」
「ありがとう。本当に気に入ってるから、俺までいい気分だよ」
シックな外装の店だ。
駅周辺から外れたところにある。知る人ぞ知る名店。
一ノ瀬の言う「いつもの席」にお互い向かい合って座る。
「抹茶ラテかな」
「私も〜」
はーい、と一ノ瀬は手を挙げて、注文する。
「こういうデートって、はじめてだよね?」
「どうだっただろう……」
残念ながら過去に女の子とデートしたことはないが、いちおう記憶を辿ってみる。
「……まさか、私以外の女とデートしたことがあったり?」
声が冷たい。ヤンデレの地雷原、すぐ近くにきてしまった。
あと一歩踏み出せば、一ノ瀬の独占欲を悪い意味で刺激してしまう。
「ないない」
「本当に?」
「本当に本当だよ」
「あー、よかったぁ」
ぱん、と手を叩く。
「ここが
「なるほどな……」
そうか、
タイムリープものというのは概して「正史」から外れて展開していく。
その可能性も考慮に入れなければならないのか。
別世界の俺が、実はもっと色気があって……みたいなことだ。
疑い出したらキリがない。まったく、すぐ疑うのは悪い癖だ。
ひとまず、一ノ瀬を疑っていることは、口にしないでおこう。
警戒してますよ、と本人の前で言うほどの異常者ではない。最低限の処世術は身につけているからな。
「じゃあ私、雄志郎くんの初めて、奪っちゃったね」
はじめて、と強調する口ぶりだ。
「誤解を招く言い方はよしたほうがいい。人によからぬ考えを抱かせてしまうからな」
「抱かせようとしてる場合は、どうすればいいのかな?」
「やれやれ……」
俺が、こういう意味深なワードにドキッとしてしまうことを、一ノ瀬は見抜いている。
恋愛面では、一ノ瀬の方が先輩らしい。
「とりあえず、私と雄志郎くんの馴れ初めの話、詳しく聞く? 二時間くらい話せるけど」
「一ノ瀬なら、冗談抜きで丸一日くらい話しそうだ。ダイジェスト版にしてくれ」
「ちぇっ。閉店まで付き合ってもらうつもりだったんだけど」
「新手の拷問かよ!?」
* * *
【あとがき】
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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