第5話 会議は踊る
「あ、クラム総班長、こっちです!」
夕暮れに差し掛かった空模様は、人々に嫌でも空腹を思い出させる。雑な作りをした木製テーブルと椅子が乱れて固められたこの空間もまた、そんな思い出しを解消する人々で埋め尽くされていた。
「お、皆揃ってるか?」
そんな人混みをかき分けて、真っ直ぐ手を伸ばしたマルクスの元へ向かっていく。鼻孔をくすぐるよく焼けた肉の匂いと酔いを孕む酒の匂い、カラベルがよく好みそうな所だ。
「マルクス、います。」
「カラベルもいるわよ〜。」
「リシュリュー、既に。」
円形の机を囲うように、規律正しい帽子と西洋人形、そして燕尾服が椅子からスクリと立ち上がり流麗なお辞儀で出迎えてくる。
「リシュリュー!来てくれたのか。」
「はい。不肖このリシュリュー、ショーク様の代打として参上いたしました。」
飲めや騒げやの空間に似合わぬ律儀さ。しかし、本人はそれを一切感じさせることをなく粛々と佇んでいた。
「ふふっ、ショークちゃんだけ残業だなんて酷なことをするのね?」
既に机に置かれた肉料理にフォークを突き立て、よく噛んで飲み込んだ後にカラベルはからかうように口を開く。
「アリスに経験積ませろって言われたからな。ちゃんと実りがないとあとでショークが可哀想なことになるんだよ。」
椅子を引き、腰をかける。眼下に現れた料理はまだ湯気を放っており、リシュリューにより運ばれてきた木製のジョッキも依然冷たいままであった。
「とりあえず食べながら話すか。……マルクスどうだった?」
「
口に含んだ物を水で流し込んだマルクスはふぅと一つ息を吐いて言葉を続ける。
「まずは例の男ですね、名前はガダール武器は2種届け出を出していて短刀とロングソード、おそらく短刀は雑用だと思います。ずいぶんと西の方の生まれらしく、地元ではかなり名を挙げていたようですね。曰く、かなりの人情家だとかで討伐任務よりも探索や採集、護衛などの依頼をよく受けていたそうです。」
「人情家が手首切り落とすのかしらね?」
「あれは俺が押し付けただけだから……。」
そう残して、パンを口に運ぶ。なかなかに肉の脂と相まって美味い。
「んんっ、調べた感じ結構大変そうな経歴でしたよ。両親との建設業の傍らで探索者を続けていたらしいですが、父親が急死。傷心の母親を養うために探索者業一本に絞り、より稼ぐためにこちらに出てきたそうです。3人組のパーティーとして快進撃をくり進めるも、ネームド手前で停滞。それでも、基本的には人助けを中心に活動していたのですが、」
「……。」
一口、水を含む。
「ここ最近、急に討伐任務ばかりに注力するようになりました。しかも金銭にがめつくなり、パーティーメンバーとの関係は不調。今回の任務を最後にパーティーは解散したらしいです。」
「ずいぶんと豹変したのね。」
飲み込むのが遅れて、カラベルにタイミングを取られてしまった。
「はい、他2名にも話を聞きましたが、まるで人が変わったようだと。」
「人が変わる……そんな感じには見えなかったな。」
クレーム対応の時に覗かせた人物像にはどうにも違和感が多くあった。
「ヒーロイズムに対して過剰な反応を示していたし、金にがめついっていうのは少し違う気がするな。……手首落とした時もビビってたし。」
「それじゃあ、次はわたしの成果発表ね。」
勢いよく酒をあおるも、やはりカラベルは顔色を変えぬまま声をあげる。
「町中で毒性反応がでたわ。」
「流石でございます。」
伸ばされた手が称えられるように、カラベルの方へパチパチと音を鳴らす。あまりにも間髪を入れない賛辞に思わず驚いてしまった。
「ふふっ、反応が出たのは如何にもって感じのローブを着た男よ。かなり強い毒性を持っていたわね、例のガダールくんとおんなじ匂いがしたからすぐわかったわ。」
「あっ、匂うってそっちの意味だったんですね。」
てっきり胡散臭いって意味かと……と恥ずかしげにマルクスは笑う。
「はじめから押さえていたとは、流石カラベル=フラベル様でございます。」
「ふふふっ、そう?」
本当にリシュリューがいて助かった。いたずらっぽい性格であるカラベルに主導権を握らせていては、話が難しくなってしまう。上手く煽ててくれたお陰ですんなり話を聞くことができる。
「本当にありがとう。」
「ふふふふっ、クラムまで。おだてても何も出ないわよ。」
リシュリューにだし、出ないからいいんだよ。
「では、最後にリシュリューからご報告が。」
「え?リシュリュー総班長補佐、調べていたんですか?」
驚いたように目を見開くマルクスに、一切瞳を揺らすことなくリシュリューは頷く。
「はい、マルクス=ビー様。皆様方が足を走らせているときに執事が腰を据えているなど、このリシュリュー耐えがたいものですゆえ、誠に身勝手ながら調査を行わせていただきました。」
「本当に仕事が早いわねぇ、リシュリューちゃんは。」
嫌に上機嫌(顔を見ただけでは当然わからないが)なカラベルは指をくわえて笛のような音を鳴らす。
「とんでもありません。皆様方の働きあってこその調査でございました。稚拙なものになりますが、どうかお聞きいただければ幸いです。」
切れ味の良い瞳を瞬かせ、紫色の唇が開かれる。
「ガダール達がネームドを手前に停滞をしていた時期、いくつかの依頼で4人パーティーとして活動していたことがわかりました。件の討伐依頼にも参加していたとのことです。カラベル=フラベル様の調査報告より、皆様察しがつくと思いますが、ローブの男。自らをフィラーと名乗っている者が4人目です。」
長い黒髪がサラリと事務的に流れる。
「しかし、フィラーは冒険者ではなく傭兵。つまり、非正規の自警団員です。ガダールが身元を預かることで一時的に冒険者業に加担していたと見られます。武器はナイフを主としており、対人戦闘に長けている。典型的な
まぁ、そうなるよな。
「この調子じゃぁ、解体作業の中止は正解っぽいわね。あの死体、とんでもないおもちゃ箱になってるかも。」
「そうと決まればさっさと引き上げるか。」
肉と葉を口に押し込んで、よく噛んでから水で押し流す。
「カラベルは先に帰って、死体の確認。最重要だからな頼んだぞ。」
「ふふっ、なかなか上質な毒だったから期待しちゃうわ。」
キィと席をひいたカラベルは嬉しそうな声で立ち上がる。
「マルクスは帰ったら報告書の作成をシルフィと一緒にやってほしい。納期が遅くなるくらいだから、ちょっとした謝罪文も兼ねといてくれ。」
「ん、
揚げた芋を頬張っていたマルクスはどんどんと胸部を叩きながら、こくんと頷いた。
「リシュリューはショークの迎えを頼む。多分帰り道覚えてないと思うから。」
「御意に。」
いつの間にか背後に佇んでいたリシュリューは少し気取ったような所在で仰々しく頭を下げる。
「俺は、一足先に帰ろうかな。拠点の様子も気になるし。」
床に足をつけて、椅子を引いて立ち上がる。
「そんじゃお開きだ。会計は済ませといたからそのまま出るぞ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます