第4話 バトンタッチ
一つの幹から枝が分かれて、葉を宿す。それらが集合体となって群生することで独自の生態系を気づき、人間では到達できない自然を作り上げる。
「報告、報告。」
しかし、そんな自然をかき分けるように頭からペンキをかぶったような女は身軽に枝を踏み、葉を散らし、森を空から越えていく。
「解体作業の中止、中止。それが終われば討伐任務。」
母親に頼まれたお使いを忘れないように反芻する子供の如く、ショークはボソボソと口を開閉させながら素早く移動していく。
「あっ、お〜い!!メイデンさぁ〜ん!!」
「んぉ、ショークちゃん?」
飛び越えていく木々が不自然に伐採された箇所には、その隙間を埋めるようにうつ伏せに倒れる物があった。
「中止っす〜!!作業一旦中止っす〜!!」
「えぇ……。こりゃ面倒事かぁ?」
空を飛ぶショークは空中で大きく手足を振って、必死に両手でバツのジェスチャーを行う。それを遠巻きに眺めるメイデンは辟易とした様子で頬をかいた。
「全班作業禁止〜。一度作業を止めて仮拠点に引き返せぇ〜。」
メイデンがそう叫べば、班員は不思議そうな顔をしたまま道具を収め、周囲の人間と話しながら後退を始めていく。
「よっと!申し訳ないっす、メイデンさん。」
「全然。それより、なにがあったのよ?」
メイデンの背後にスタンとショークが着地をする。かなりの高さから落ちたはずではあったが、砂ぼこりなどは立つことなく、当然ショークも何ともない様子であった。
「あ〜っと、簡単に話すっすね。」
パンパンと膝についた土を払いながらショークは口を動かす。
「クラムさんからの指示っす。」
しかし、それ以上は語らない。
「おっけ〜。その調子じゃショークちゃんはここで待機って感じでもないでしょ?」
そしてメイデンもまた、それ以上を求めなかった。
「はい、とりあえずはコレとおんなじの今からシバいてくるっす。」
ショークが指さした先に転がっていたのは、巨大な両翼を地に伏せ、覆われた誇り高い鱗を摩耗した強大な爬虫類に似た生物。
「へぇ~、目処はあるの?」
「全くないっすね。けど暗くなる前には見つけて倒してくるつもりっす。」
ふんすと拳を握るショークは決意をあらわに息巻いている。
「じゃあ東の山に向かったほうがいいね。確か、おんなじ感じのが巣作りに来たって聞いたからさ。」
「おぉ!まじっすか、あざっす!」
そそっかしく感謝を述べたショークは勢いよく膝を折り曲げて、すぐさま体を伸ばす。立ち幅跳びのような動作から繰り出されるのは、空へと高く跳び上がる跳躍。
「あっちなぁ〜。黄色の旗がある町の方。」
「あざまぁす!」
空で突き出された拳から、黒いひものような物が伸びて木々に結びつく。それに勢いよく引きづられていきながら、ショークは姿を消していった。
「お〜、いつ見ても器用だなぁありゃ。」
あの子を見るたびにそう思う。俺は不器用だからなぁ、うらやましいわ。
「ショークちゃんの声が聞こえたのだけれど……メイちゃんだけかしら?」
「おっ、シルフィ姉さぁん。ショークちゃんならちょうど今出てったところだよ。」
聞き慣れた余裕のある声とともに、桃色の爬虫類が木々の間から姿を現した。
「あら、せっかく会えると思ったのに残念ねぇ。なに、クラムちゃんに何かあったの?」
「流石姉さん、慧眼だねぇ。」
自信なさげな様子ではありながら、シルフィ姉さんは的確に状況を当ててきた。思わず指パッチンまで付け加えておだててしまう。
「トラブルがあったみたいでね、こっちは一旦作業全部中止。多分カラベル案件だとおもうぜ。」
こうなると俺たちじゃ手に負えねぇんだよなぁ。と付け足してため息を吐く。
「カラちゃん案件ねぇ……。毒かしら?呪いかしら?」
対してシルフィ姉さんは不安げな眉を正して、今度は軽快におちゃらけた様子に様を変える。
「俺ぁ毒に一票。」
「なら、お姉さんは呪いにしようかしら。」
なんとも物騒な2択だなぁ。
「最近流行りのアレかしらね?」
そんな言葉に思い当たるのは、直近で抱えている厄介な案件の一つ。
「英雄信仰……ヒーロイズムか。」
「お姉さん達のこと、よっぽど嫌いみたいねぇ。まぁ英雄の偉業にたかる蝿だなんて言われるくらいだもの、分かっては居たけれど……。」
とある過激派が立ち上げた、新興宗教団体並びに理念。
「おかしな話だよなぁ。英雄信仰なんて言うくらいなんだから英雄だけを信仰してりゃいいのに。なんだって、俺らに飛び火するもんかねぇ。」
「人類史上ら最たる英雄アイオクスの面汚し……彼らにとっては気持ちの良いものじゃないからかしらね?」
それは、何年も前の話だろうさ。今の班員のほとんどは関係ないだろうに。
「ま、そのへん含めてクラムが調べてくれてんのかね。」
「そうね。今度たっぷり労ってあげなくっちゃ。」
あの背負いたがりが部下に連絡を任せるということは、より大きなものを背負っていると言うことだろう。
「中止ってことは、事実上の待機命令だよなぁ。コレがどうなるかもわからんし、しばらくはにらめっこだな。」
「お姉さんも付き合うわよ。……ただ、クラムちゃんが少し心配ねぇ。」
そんな言葉のあとにパンパンと乾いた音が手のひらから2度流れれば、燕尾服を着た美麗顔つきの者がシルフィ姉さんの後ろで丁重にお辞儀をしていた。
「急に呼び出してごめんなさいね、リシュリューちゃん。」
「いえ、シルルベルト=シラフリア=レレ=シルラレラ様。お呼び頂き光栄でございます。メイデン様もご機嫌麗しゅうございます。」
「ご機嫌麗しゅう〜、リシュリューちゃん。相変わらず器用だねぇ。」
よくもまぁあれだけの名前を噛まずに言い切れるものだな。彼女が姿を現すたびにそう思う。
「んもぅ、シルフィで良いっていつも言ってるじゃない。」
「執事が主様を軽々しく称するわけにもいかないと、いつも言っているではありませんか。」
一つ一つ丁重に整った所作と、完璧な微笑。気の抜けた雰囲気で集う俺達にとっては、ほんの少しだけ異質な存在。
「まぁいいわ、リシュリューちゃん。」
「はい、ショーク様はおそらく討伐に行かれた後、事後処理でクラム様達の合流は不可能だと思います。」
紫色の唇が粛々と事実を語る。そこには一切のブレがなく、堂々としていながら質素。堅実という様はリシュリューのために作られたに違いないのだろう。
「そうよねぇ。お願い聞いてくれるかしら?」
「主様が願うのならば、既に応えていて初めて執事と呼ばれるものでございましょう。現在、既にクラム様のもとへ私が向かっております。」
「えぇ!?じゃあコレなによ?」
思わず口を挟んでしまったが、リシュリューは浮かべた微笑をまたほんの少しだけ上げて答える。
「はい、メイデン様。こちらは私の複製体でございます。予め声を入れさせて頂いておりますので、予定調和以外の会話はできません。加えて、時間もありませんでしたのでコレが最後の返答になります。シルルベルト=シラフリア=レレ=シルラレラ様、代わりの業務はベスタに行わせますのでご入用の際はベスタにお声がけください。」
では、失礼いたします。それだけを言い残してリシュリューの複製体は灰となって風に流れていった。
「シルフィ姉さん、どんな教育してんの?」
「リシュリューちゃんが凄いだけよぉ♪」
我が子を褒める母親のような声でシル(ryは嬉しそうにはにかんだ。
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