第29話 ショートカット

 翌日の朝。俺が教室に入ったとき、一条のハーレムは寂しい惨状になっていた。そこに居たのはスポーツ少女と美空ちゃんだけだ。露崎が消えただけで、一気に華やかさが無くなっていた。いまや、美空ちゃんが一条を独占していて、スポーツ少女はその隣で所在なさげにたたずんでいる。


 やがて、千春と星野が登校してきて、俺たちはいつものように話し始めた。

 そのとき、教室のドアが開き、ひときわ明るい声が響いた。


「おはよう、黒瀬君!」


「おはよう、露崎」


 そう答えると、露崎は俺の机の前から動かなくなった。


「澪音、自分の席に行かないの?」


 千春が眉をひそめる。


「うん、ちょっと黒瀬君とお話ししようと思って」


「なんでよ」


「なんでって好きな人だもん。当たり前でしょ?」


「それ、台本じゃなかったの?」


「違うよ。ホントに好きだもん」


「はあ?」


「だから、またライバルだね。千春、よろしく」


「うぅ……晴真にハーレムが……」


「ハーレム言うな!」


 俺は千春に怒る。


「だってハーレムじゃん! 何が違うのよ!」


「俺は露崎を好きじゃないし」


 俺がそう言うと露崎は、


「ひどーい! でも、そういうとこ好き」


 と、逆ににやけ始める。


「ダ、ダメー!」


 千春が手をばたつかせる。


「なんで? もう告白したんだし何回でも好きって言うよ」


「ダメだから!」


「なんでダメなの?」


「そ、それは……」


 千春が言葉に詰まる。


「もう言っちゃいなよ」


 星野がニヤニヤしながら言う。


「い、言わないから! もっとムードが良いところでちゃんと告白するの!」


 もうしてるも同然だけどな……


「でも千春、安心して。私が黒瀬君のそばにいられる時間は短そうだから」


 露崎が微笑んで言う。


「さすがに彼女が居る男子にちょっかい出せないしね。あーあ、ずっと片思いかあ」


 そう言って露崎は自分の席に向かった。


「千春、良かったじゃん。澪音は負けることはわかってるみたいよ」


 星野が千春に言う。


「う、うん……でも……」


 千春は去って行った露崎を追いかけた。


「千春は何しにいったんだ?」


 俺は星野に聞く。


「ほっとけないんだろうね。自分のせいで失恋する友人が」


 なるほどな。相手を思いやれる子だし。ハーレムの中でも一歩引いてた理由、わかる気がする。そんなことを思っていると、星野がぽつんと言った。


「やっぱ、千春のそういうところ、好きだなあ……黒瀬もそうでしょ?」


「そうだな」


「あ、好きって認めた!」


「誘導尋問だ!」


「アハハ」


 やばいぞ、これ……陥落しないように気を付けないと。


◇◇◇


 昼休み。俺と千春と星野が教室を出て部室へ向かおうとしたとき、露崎が駆け寄ってきた。


「私も一緒に行っていい?」


 マジかよ。俺たちは顔を見合わせる。


「私は千春次第」


 星野が言う。


「私はいいよ。ね? 晴真?」


 千春が俺に聞いてきた。断れないように持ってきたな……


「まあ、千春がいいなら……」


 仕方なく、俺は言った。


「やった!」


 しかし、千春、よく認めたな。恋のライバルになるのに。もしかしてこうやって一条のハーレムもできあがったのか? ハーレムの原因は一条じゃなくて千春のやさしさだったのかも。


 そんなことを思っていると、さらに珍しいやつがこちらに向かってきた。

 一条のハーレムに居るショートカットのスポーツ少女だ。


「あの……」


柚希ゆずき? どうしたの?」


 千春が聞く。このスポーツ少女は柚希と言うらしい。


「あ、柚希も一緒に行く?」


 露崎が聞いた。


「違うから! ウチが一緒に行くわけないでしょ。そうじゃなくて、みんな戻ってきてよ……」


「「「は?」」」


「みんな、蓮司のところに戻ってきて……」


 柚希は泣きそうな目で言った。やばい、この表情には心動かされる。

 俺で良ければ戻っていきたいところだ。


「ごめん、それは無理かな」


 最初に千春が言った。星野も「わたしも」という。そして、露崎が「ごめんね、柚希」と断った。


 泣きそうな柚希を残して、俺たちは写真部の部室に向かった。


「なんかかわいそうだったね、柚希」


「うん、心を鬼にして断ったよ」


「そうだよね。私もつらかった」


 女子3人はそう言いながら歩いていく。俺はその後ろに着いていくだけだ。一条はこういうとき、どうだったっけ。女子たちに挟まれていたような。うん、これはハーレムじゃ無いな。女子会についていく付き添いだ。


 部室に入ると、そこには美空ちゃんが居た。


「もうすっかりハーレムですね」


「違うから」


 釘を刺しておかないと。


「ところで、千春さん。約束のモノはいただいていいですよね?」


「あー……」


「約束のモノ?」


 なんだろう。


「はい、私が先輩を助ける代わりに、千春さんが約束してくれたんです」


「うぅ……わかったよ。晴真、美空ちゃんと連絡先交換してあげて?」


「いいのか?」


 千春は嫌がっていたはずだ。


「仕方ないでしょ。でも、浮気はだめだからね!」


「浮気って、俺たち、付き合ってないだろ」


「あ、そうだった」


 こいつ、好きなことを隠す気ないな。


「じゃあ、美空ちゃん、交換しようか」


「はい!」


 俺と美空ちゃんはようやく連絡先を交換した。


「ありがとうございます。これでいつでも先輩と連絡取れますね」


 美空ちゃんが満面の笑みを浮かべる。


「そうだな」


「千春さんにもこのお礼は必ずしますので」


「う、うん……」


「では、みなさん、ごゆっくり。私は兄のところに行きますが……ハーレムの一員であることをお忘れ無く。では……」


 そう言って美空ちゃんは部室を出て行った。


「ハーレム? 一条のハーレムのことだよな?」


「さあ……」


 千春が言う。


「いや、今の流れは黒瀬君のハーレムってことでしょ」


 露崎が言った。


「はあ? だから、これはハーレムじゃ無いって!」


「そう? だって、私と千春は黒瀬君が好きだし」


「ちょ、ちょっと……」


 はっきり言った露崎に千春がうろたえている。


「梨奈は違うけどね」


「うん、私は黒瀬が好きな千春を見るのが好きなの。今も可愛いなあ」


「うぅ……梨奈もからかわないでよ」


「可愛い!」


 梨奈が千春に頬ずりしている。


「でも、美空ちゃんもそうだなんてね。あんなに兄さん、兄さん言ってたのに」


 露崎が言う。


「いや、美空ちゃんは違うだろ」


「違わないよ。連絡先交換してるときの顔、見た?」


「わかりやすかったねえ」


 露崎と星野が笑いあう。


「いや、違うだろ。なあ、千春?」


「ぶぅ……」


 千春が不機嫌になった。

 しかし、そんなわけないけどなあ。美空ちゃんが俺を好きなんて。


 だが、その日から美空ちゃんからのメッセージが毎日届くようになった。

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