第22話 美少女

 世界史の授業。

 とにかく眠い。まず、先生。小柄で若い女性教師だから本来なら興味を持てるはずなのに、ずっと黒板の方を向いて話してる。おかげで全く頭に入ってこない。それに固有名詞。セルジューク朝、アイユーブ朝、マムルーク朝……呪文かよ。


 ようやく授業が終わり、俺は大あくびをした。


「眠そうだね」


 隣の席の千春が笑う。


「まあな。あの先生、可愛いんだけど、ずっと黒板の方向いて話してるからさ」


「は? 可愛い?」


 千春の声が一瞬で低くなった。


「い、いや、なんでもない。眠気覚ましにコーヒー買ってくるよ」


 慌ててそう言い残し、俺は教室を飛び出した。


 ……実際、頭を冷やしたほうがいい。そう思いながら自販機の方へ向かうと、先客がいた。


 長い黒髪、すらりとした手足。後ろ姿だけで分かる――露崎澪音つゆざき みおん。ただでさえ学年一の美少女と呼ばれる露崎。ハーレムから梨奈が居なくなった後、一条ハーレムの筆頭的存在になっている。


 露崎はこの自販機で一番甘いコーヒーを買う。俺が狙っていたやつだ。それを手に取って帰ろうとしたところで露崎が俺に気づいた。


「……なによ」


 そう言って俺をにらんでくる。


「は? 別にお前に用は無いぞ」


「嘘ばっかり。今度は私を落としに来たんでしょ」


「……どういう意味だ?」


「とぼけないで。千春に梨奈。美空ちゃんまで。次は私ってわけ?」


「はあ? そんなわけあるか!」


「どうだか……」


 吐き捨てるように言って立ち去ろうとする。さすがに一言、言ってやりたくなった。


「自意識過剰じゃないか? 俺はお前になんて興味ない」


「はあ!?」


 その一言が予想以上に刺さったらしい。露崎は怒りの表情で詰め寄ってくる。


「私に興味無いわけないでしょ!」


「無いね」


「そんな挑発で私を落とそうってこと!?」


「違うわ! ほんとに興味が無い」


「その程度じゃ私は落とせないから」


「はあ?」


 露崎は怒鳴るように言い捨てて去っていった。

 ……なんなんだ、あいつ。


 さて、気を取り直してコーヒーでも――って売り切れ!?

 あいつが最後の一本を買ったのかよ……。

 仕方なく教室に戻るしかなかった。


◇◇◇


 放課後。

 千春が今日は用事があるらしく「少し待ってて」と言われ、仕方なく教室で時間をつぶすことにした。


「で、なんでお前も待ってるんだ?」


 星野は千春の席に座っている。


「別にいいでしょ?」


「その席に座って、千春にでもなったつもりか?」


「そんなつもり無いから。でも……千春の席かあ、えへへ」


 机に頬を付けて、なでまわしはじめた。


「お前、ほんとに千春のこと好きだなあ」


「大好き。千春にその気があるなら付き合いたいって考えてた事あるし」


「マジかよ……」


「あ、これ千春には内緒ね」


 言えるわけないな。


 そのとき、教室に大きな声が響いた。


「今日は用事あるって言ってるでしょ!」


 俺と星野は驚いてその声の方を見る。

 そこに居たのは、一条と露崎、それにスポーツ女子と美空ちゃん。いつものハーレムメンバーだ。


「いいだろ、澪音みおん


 一条が露崎の腕をつかんでいる。どうやら、大声を出したのは露崎のようだな。


「しつこい男は嫌われるわよ」


「チッ!」


 一条は舌打ちして手を放した。露崎はそのまま教室を出て行く。


「珍しいな、あの二人が喧嘩するなんて」


「そう? 最近は多いみたいよ」


 星野が言った。そうなのか、知らなかった。


「お前がハーレム抜けてから、露崎が筆頭みたいな感じじゃなかったか?」


「そうね。でも、澪音、追われるより追いたいタイプだから」


「追いたい?」


「うん。澪音ってモテるでしょ? いつも誰かに言い寄られてるから、逆に無関心な蓮司君が新鮮でハーレムに入ってたのよね。でも、私が抜けちゃったから」


「今は一条が露崎を追うようになったってことか」


「そう。だから澪音、嫌気がさしてるみたい。難しいね、男女って」


 確かにそうだな。追ってこないからこそ一条を追ったのに、いざ追われると嫌になるなんて。でも、それはそれで一条がかわいそうな気もする。言い寄ってきたから言い寄ったのに。そう思うのは俺が男だからだろうか。


「ごめん、お待たせ!」


 そこに千春が戻ってきた。

 俺たちは席を立って、三人で帰り始めた。


「で、どうだったの?」


 星野が千春に聞く。


「……告白だった」


「やっぱり!」


「告白!?」


 俺は思わず声を上げた。


「あれ? 聞いてなかった?」


「聞いてないよ」


「千春、屋上に呼び出されたんだよ。1年のとき同じクラスだった男子に」


 そうだったのか。


「で、千春、どう答えたの?」


「断ったに決まってるでしょ」


「そうなんだ。竹井君、人気なのに……」


 竹井? 隣のクラスの男子で、体育の授業では一緒になるから知っている。サッカー部で注目のイケメンだ。


「もう…・・梨奈はわかってるくせに」


「まあね。千春は黒瀬だもんね」


「言わないでってば!」


「イタ!」


 千春が星野を叩いた。でも……いいのだろうか。あんなイケメンを断って、千春は俺を選ぼうとしている。ただラノベの主人公に重なっただけなのに。なんか千春に悪い気がするな。


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