第10話 ギャル

 緒方が一条と帰ったため、俺はいつものように一人で校舎を出た。

 夕焼けが校庭を赤く染めている。そんな中、背後から甲高い声が飛んできた。


「くーろせくーん!」


 女子の声。だが、緒方では無いこの声は……


「星野か」


「そうだよ~♪」


 校舎裏で見たときとは声のトーンが全然違う。星野梨奈は甘えるような猫なで声で近づいてきた。相変わらず派手なギャル姿。スカート短すぎだろ。階段どうやって登ってるんだ。


「何か用か?」


「用が無きゃ話しかけちゃダメ?」


「ダメだ」


「ひど~い! 私は黒瀬君と一緒に帰りたくて声かけたのに!」


「却下」


「えー! 私だよ? 星野梨奈だよ? ハーレム筆頭だよ?」


「だからだよ。ハーレム女子には興味ないって言ってるだろ」


「ひどいなあ……じゃあ、もし私がハーレム抜けるって言ったら相手してくれるの?」


「しない」


「なんでよ!」


「緒方の相手だってしてないんだからな」


「してるじゃん! 今日見たんだからね! イチャイチャしちゃって……」


 そうだった。校舎裏で犬プレイしているところを見られてしまった。一生の不覚!


「べ、別にイチャイチャしてない」


「へー、そう。だったら、みんなに言っちゃおうかなあ」


「うっ……」


 やばい、それはマジで困る。あんなのバレたら確実にネタにされる。

 「黒瀬がハーレム女子を奪った」とか言われる未来が見える。


「……条件は?」


「話が早いねえ。別に難しいことじゃないよ。今から私と遊んでくれればいいの!」


「遊び?」


「そう! 放課後デート!」


「いや、俺とデートしても仕方ないだろ。一条は緒方と帰ったぞ?」


「知ってるよ」


「平気なのかよ」


「平気平気。今は黒瀬君のことが知りたいの!」


「は?」


「だって、そうでしょ? あんなに蓮司君に夢中だった千春が、今は黒瀬君にべったりなんだよ? 親友として気になるに決まってるじゃん」


 親友か。そう言えばそう言っていたな。こいつは緒方の親友であり、恋敵でもあるってわけか。


「でも、緒方は今、一条に説得されてるんだぞ? ハーレムに戻るかも知れないし」


「戻らないよ、千春は」


 断言する星野。


「なんでそう言い切れるんだ?」


「だって、千春は……君のことが好きだもん」


「それはお前の勘違いだな」


 確かに緒方は俺に懐いている。でも、それは恋じゃ無い。俺は緒方を救った(ことになっている)。だから、恩人として俺を慕っているだけだろう。


「それぐらいわかるよ。私も女子だから。それもハーレム筆頭だよ? 女の勘は鋭いんだから」


「それはそうだけど……」


「だから、千春が好きになった黒瀬君の魅力を知りたいのよ」


「知ってどうするんだよ」


「知ったら私も黒瀬君のこと、好きになれるかもって思って」


「はあ?」


「ふふ、楽しみ~♪」


 星野は手を後ろに組み、俺の顔をのぞき込んでくる。

 近い。顔が近すぎる。思わず視線をそらす。


「なるほど、女子慣れはしてない感じだねぇ」


「当たり前だ」


「じゃあ、こんなことしちゃおうかな~」


 そう言って、いきなり腕を組んできた。


「ちょ! やめろ!」


 まだ学校の敷地内だぞ。


「なんで? いいじゃん! 行こう!」


「お前、見られてもいいのか? 一条にも伝わるぞ?」


「いいのいいの」


 いいわけないと思うのだが……ギャルが考えることは分からん……


◇◇◇


 星野が連れてきたのはアーケード街のカフェだった。


「ここで食べよ! あ、私のおごりね、なんでも好きなの頼んでいいよ!」


「そうか」


 ここでも俺は空気を読まない。一番高いパフェを注文する。


「あ、美味しそうだね。でも、私はこっち!」


 もう一つの高いパフェを星野は選んだ。


「ふふ」


 星野は顔を傾けて俺をじっと見てくる。


「なんだよ、そんなに見て」


「よく見ると意外にかっこいいなあって思って」


「はあ?」


「千春、言ってなかった?」


「言うかよ、そんなこと」


「あれ? そうなんだ?。まあ、千春って思ってても言わないタイプか」


「思ってないと思うぞ」


「ふふ、鈍いな~黒瀬君。千春って、好きになったら全部許しちゃうタイプなんだよ? 絶対、君のことかっこいいって思ってるって」


「だから、そういう関係じゃないって言ってるだろ」


「黒瀬君は鈍感系男子かぁ」


 俺がラブコメによくある鈍感男子だと?


「ふざけるな! 俺は鈍感じゃない!」


「だったら、千春から好意を向けられてるの、気がついてるはずだけど?」


「……気がついてないことも無い」


「やっぱり。認めた?」


「認めない。好意はあるけど、それは男女のそれじゃないはずだ」


「あー、そっち系ね」


 なにがそっち系だ、こいつ、むかつく……


「でも、黒瀬君が鈍感じゃ無いならさあ、私の好意にも気がついてるよね?」


「はあ? お前は一条が好きなんだろ?」


「そうだけど……でも、黒瀬君も気になってるって言うかぁ……」


「馬鹿言えよ。俺と一条になんて共通点ないだろ」


「でも、千春だって蓮司君が好きだったのに、今は黒瀬君じゃん? 私もそうなっちゃうかもね~」


「はあ?」


 星野は意味ありげに俺を見つめてくる。こいつ、何考えてるんだ……


「お待たせしました」


 そこでパフェが運ばれてきた。

 俺たちはスプーンを手に取り食べ始める。


「うーん、うまっ!」


 そう言った星野の口の端に、生クリームがついていた。


「おい、口の横、ついてるぞ」


「え? どこ?」


「ここだよ」


「わかんない~、黒瀬君、拭いて?」


 こいつ……わざとだな。俺はため息をつき、乱暴に拭いてやる。


「ちょ、なによ!」


「お前が拭けって言ったんだろ」


「もう……でも、その強引なところ、いいかも」


 星野はニヤリと笑った。


 ――この瞬間、はっきり分かった。

 こいつ、俺を落としに来てる。

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