第9話 不安

「り、梨奈!? なんでここに居るの!?」


 緒方が驚いた声を上げた。


「千春が居なくなったから探してて、こっちに行くのを見たって言う人が居たから」


「そ、そうなんだ。で、なんか用?」


「用っていうか……その前に何? あんたたち付き合ってるの?」


「アホか。そんなわけないだろ」


 俺は星野の言葉を即座に否定した。


「でも、さっきの千春、蓮司君ともしないようなイチャつきっぷりだったけど」


「そ、そうかな?」


「いや、そうでしょ。お手、おかわりって……」


「言わないでぇ!」


 緒方が顔を真っ赤にして両手で隠した。俺も恥ずかしくて顔が熱くなる。


「それにしても黒瀬、ああいうプレイが好きなんだ」


「べ、別に好きじゃない!」


「じゃあなんでそんなことしてたのかな? 私もやってあげようか?」


「アホか。お前にやってもらいたいわけないだろ」


「はあ? 失礼ね。蓮司の正妻たる私に!」


「だからだよ。さっさとハーレムに帰れ!」


「む、むかつく~! 私より千春の方が魅力的だって言うの!?」


「まあそうだな。少なくともまだハーレムに残っているやつよりはマシだ」


「うぐぅー!」


 なんか相当悔しそうだな。でも、俺相手に悔しがっても仕方ないと思うんだけど。


「見てなさいよ! 私もあんたに『お手』って言わせてみせるんだから!」


 そう言い残して、星野は去って行った。俺に「お手」を言わせたいのかよ。


「……あいつ、なんだったんだ?」


「アハハ……梨奈、そういうところあるから……」


「そういうところ?」


「うん……」


 さっきまで笑っていた緒方の顔が、急に曇った。不安そうな目だ。


「……緒方?」


「黒瀬君……私……嫌なこと考えちゃってる」


「何を?」


 そう言った瞬間、緒方は俺の胸に顔をうずめてきた。


「ちょ! 緒方!?」


「ごめん、今は何も言わずこうさせて……」


「まあ、いいけど……」


 どうしたんだろう。緒方は何かにすごく怯えているようだ。

 よくわからないけど、これで落ち着くんならこうさせておこう。だけど、女子が抱きついてくるなんて初めてだし、どうしていいかわからない。とりあえず、背中に手を回せばいいのか? 


 ぎこちなく背中に手を回す。緒方の温もりがじんわりと伝わってきた。う……これぐらいで好きになったりしないからな!


 しばらくすると、緒方は静かに体を離した。


「……大丈夫か?」


「うん、ありがとう。迷惑だったよね?」


「まあ……そうだな」


「えー! そこは『そんなことない』って言うところでしょ!? 女子が抱きついてきたんだよ!? ほんとはうれしいでしょ!?」


「別に。だって、緒方だし。ハーレム女子だし」


「今は違うから! 元ハーレムだし!」


「ハハッ」


 元気になった緒方を見て俺は笑った。


「もう……」


 緒方もそう言いながら笑顔だ。


「でも、どうしたんだ?」


「……今は聞かないで」


「そう言うなら聞かないけど……」


「もし不安が的中したら、そのときは全部話すから。それまでは何か楽しい話しようよ! そう、本の話とか! 面白い本教えて!」


「面白い本か、そうだな……」


 緒方が話したくなら、今は聞かない方がいいだろう。しかし、あんなに怯えるほどの強い不安。一体何なのだろう……


◇◇◇


 放課後。帰る準備をしていると、横では緒方が立ち上がって俺を待っていた。


「今日も一緒に帰るのか?」


「うん。ダメだった?」


「ダメってわけじゃないけどな」


 そこへ突然、あの男が俺と千春の間に現れた。一条蓮司だ。


「おい、千春!」


 俺に背中を向け、緒方の方を見ている。


「蓮司……」


「お前、いい加減にしろよ。何拗ねてるんだ。今日は一緒に帰るぞ」


「帰らないから」


「みんなとじゃないぞ。二人でって言ってるんだ。それならいいだろ?」


 さすがの一条も最近の緒方の態度に焦ってきたのか。


「帰らないよ、もう……」


「なんでだよ。千春が俺のことを嫌いになったって言うのなら仕方ないけど」


「嫌いとかじゃないけど……」


「だったら、帰ろうぜ。俺に悪いところがあったなら謝るから」


 さすが、女たらしだな。こう言われたら普通の女子は許すか。


「蓮司に悪いところなんて無いよ。悪いのは私。だから、蓮司の元から少し離れる」


「……どういう意味だよ。こいつが好きになったのか?」


 一条が俺を見る。俺は視線をそらした。


「黒瀬君は関係無い。私が自分で決断しただけ」


「どういうことだよ。説明してくれよ」


 幼なじみで、しかもハーレムの一人だったんだ。

 突然離れるって言われたら、そりゃ混乱もする。


 緒方は少し迷った後、俺の方を見た。俺は「行ってこい」とうなずく。


「わかった。じゃあ、今日、蓮司に説明する」


「そうか!」


「うん。これで終わりにするから」


「終わりかどうかは説明を聞いてからだ。千春、行こうぜ」


「うん……」


 一条は俺をにらみつけた後、教室を出て行く。

 緒方は俺を見て言った。


「黒瀬君、蓮司に説明してくるね。今日は先に帰ってて」


「わかった」


「……頑張るね」


 そう言って緒方は出て行った。

 でも……一条は口も上手いからな。緒方は説得されて、またハーレムに戻るかもしれない。その可能性は高いだろうな。


 さて、一人で帰るか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る