ナースが好きになった、それだけのこと。

青葉 柊

第1話 再会 ― 四谷のお堀のカフェ ―

四谷のカトリック教会の鐘が、正午を告げていた。

新婦のアネさんが、白いヴェールの奥で小さくうなずく。

祭壇の前には神父。隣には信者の新郎。

厳かな沈黙の中で、オルガンの音が高く天井に響いた。


和昌は、参列席の後方からその光景を見ていた。

同じ列に並ぶ研修の仲間たちは、三年ぶりの再会に少しそわそわしていた。

その中で、前の席に見覚えのある後ろ姿があった。

黒髪をひとつにまとめ、細い首筋を見せている。

上田のりえ――かつて、千葉県主催の国際青年リーダー研修で出会った同期だった。


式が終わり、外に出ると春の光がやさしかった。

教会の前で写真を撮る人々の間を抜けて歩いていると、のりえが振り向いた。


「久しぶりだね。」

「ほんとに。三年ぶり、かな。」

彼女は以前より少し落ち着いた雰囲気をまとっていた。

県立中央総合病院で看護師をしているという。


近くのカフェに入り、窓際の席に座る。

お堀の水面が光を反射し、風に桜の花びらが舞っていた。


「そういえば、あのとき付き合ってた子、どうしたの?」

のりえがコーヒーをかき混ぜながら聞いた。

和昌は少し笑って、目を伏せる。


「三か月で振られたんだ。」

「みんな心配してたんだよ。お嬢様調で、振り回されてたって。」

「……そうだったかも。」


のりえの口調は穏やかだったが、どこか温かい。

沈黙が、言葉よりもやさしく流れた。


コーヒーが冷めるころ、彼女はカップを置いて言った。

「先生になるんでしょ?」

「うん、春から特別支援学校に。」

「いいじゃない。向いてると思う。」


その一言が、妙に胸に残った。

帰り際、別れ際に何か言おうとして、言葉が喉で止まった。


「また、どこかで。」


それだけが、精一杯だった。


彼はまだ知らなかった。

その「どこか」が、ほんの数か月後、

隣の職場になることを。

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